第四十四話 三拍子

モーターボートの主機はエンジンですが、ちょっと前なら200HP程度のエンジンで走っていたのが、それが同じボートに300HPとか350HPとかが搭載されるようになりました。昔はトップ30ノット出れば良し、だったのが、巡航30ノットはほしいという要望が多くなった。その為にエンジンメーカーはサイズはコンパクトに、馬力はどんどんアップ、そういう開発がなされてきています。ヨットのエンジンを見ても解ります。昔のヤンマーのYAとかYSとかのエンジンはでかい、その割にはパワーは小さい。今は、よりコンパクトに、パワーはでかく。そうなっています。その為、今のエンジンはよりデリケートです。という事はよりメインテナンスをちゃんとしてあげなければなりません。

ヨットの主機はセールですが、より大きなパワーを得るには、今の所、セールを大きくするしかありません。コンパクトにして、尚且つパワーが出るという事にはならない。セールの大きさは、船体やキールなどにも関係してきますので、むやみに大きくはできないし、車のように日本中どこでも舗装された道路を走るのであれば、それを一定の計算に入れる事もできるでしょうが、常に変化する波のうえですから、そうもいきません。

エンジンはこれから先、どんどん進化するでしょうから、人間の力が及ぶ事ですが、ヨットはそうは行きません。これから先も進化はするのでしょうが、波は止められないし、風もコントロールできません。でも、万一、それができるようになったら、ヨットは終わりです。人間がコントロールできない自然を相手にしているから面白いんであって、その面白さを取り上げたらヨットは終わりです。車は実用性があるので、できるだけコントロールできる方が良い。計算できます。ヨットが計算できるようになったら、遊びとしては何ら魅力の無いものになります。

でも、人間は何でも、できるだけコントロール下に置こうとします。でも、それができないのがヨットです。コントロールできない物には恐怖も感じます。ワクワク感も感じる。そこが遊びの最も面白い所で、もちろん、ヨット自体をコントロール下には置けますが、ヨット以外はどうにもならない。フィールドの問題です。そこで、天気予報を見て、ある程度予想して出かける。それでも100%は当たらない。

どんなに進化しても、遊びは知性と感性と肉体を駆使したところにあると思います。そして、ヨットはその三つが全て揃った、三拍子揃った最高の遊びじゃないかと思います。ですから、大の大人が一生続けられるのではないかと思います。恐怖も快感もスリルも全てそこにある。ですから、ちょっと出るだけでも冒険になる。知性を使って、肉体を動かし、感性で完結する。うまくなれると感性で肉体を動かし、知性はもっと先に行ってるかもしれません。いずれにしても、文明ではどうしようもない人間の要素を刺激する最高の遊びじゃないかと思いますね。

遊びは、何にも役に立たない、無駄の中にあります。それが何かの役にたつとしたら、役立たせようと思いますから、遊びでは無くなっていきます。ヨットはですから完璧な遊び道具です。ならば、ヨット遊びはそういう三拍子で遊ぶのが最も面白いという事になります。大人の遊びとしては最高じゃないかと思いますね。

この三つの中で、最も重要なのは感性でしょう。どんなセーリングであるにせよ、最後にはどう感じたかが重要でしょう。最高のフィーリングを得る為に、知性で遊び、肉体を動かす。思い通りに走れた時は非常に面白さを感じますし、無心になったとき、さらに何とも言えない快感を得る事もある。それさえあれば、遠くに行かなくても面白さを感じる事ができると思います。デイセーリングで求めるものは、この面白さが必要じゃないかと思います。どこかに行く時は景色が変わります。でも、デイセーリングでは、感じる事が重要かと思います。

その為には、セーリングに神経を集中させるという事になると思います。幸い、黙っているだけで神経が集中してきます。集中すれば、どんな変化も見逃さない感性が磨かれる。それで準備はできた事になります。言葉は理解の手助けをしますが、感じる邪魔をする。シングルハンドは自然にそういう準備が自動的にできます。

次へ       目次へ