第二十四話 感動する時

過去を振り返ると感動した場面を思い出す事ができます。ある場面、出来事が自分の波長にピッタリ合い、大きく揺れる。強烈な印象として残ります。その事は物ではありませんが、財産として一生残っていく。人生を彩るものだと思います。大きな出来事であれ、小さな出来事であれ、自分の感情を揺さぶった事には違いなく、それをたくさん味わった人は、充実した人生に違いない。人生の充実度を計るとしたら、どれだけそういう感動の体験を持ったかという事ではないでしょうか。

大人になると、数多くの体験を持ち、ちょっとやそっとでは感動にまで至る事がありません。でも、感動しなくなったわけでは無く、感動するような事をしていないのかもしれません。感動はほんの些細な事からも起こる可能性があると思います。それはそこに集中しているから起こるのではないかと思います。

ヨットに集中するといのは、必ずしも激しく動く事では無いと思います。ゆったりであっても、セーリングに集中している。そういう時のちょっとした変化は見逃す事がありません。シングルハンドをお奨めする理由は、確かにクルー不足という事もあります。シングルなら、いつでもすぐに出せるという事もあります。その他にもうひとつ、シングルでセーリングしていますと、自然とセーリングに集中してしまうという事になります。他にしゃべる相手もいないからです。最初はいろんな事を考えるかもしれませんが、セーリングしていますと、自然に集中して、風の方向、セールの事、そして、船体の反応などに集中し、それらの変化が感じ取られます。今まで感じ得なかった、わずかな変化が、集中している事によって容易に感じ取る事ができる。変化を感じられれば、その変化にどう対応すべきか考えます。その時には解らなかったとしても、後日、人に聞く事もできれば、本を読んで学ぶ事ができます。そして、次の機会にそれを試す事もできます。それによって、うまく行ったら、自分の上達を感じる事ができます。もし、うまく行かなかったとしても、そのまた次の機会がありますし、
少なくとも、今回のやり方はあっていないという事が解ります。これも長い目で見れば上達の一部です。

ヨットは遊びですが、遊びを一生懸命、ワクワクしながら遊ぶという事が遊びの秘訣で、それは子供を見ればすぐに解ります。クールな目で見て、そこそこやってるより、ワクワクしている方が面白い。それは集中を意味します。大人が心からわくわくして、遊べるものとはそう多くは無いかもしれません。ただ、のんびりしたいだけだという方もおられるでしょう。でも、そういう方であっても、一旦、ワクワクするようなセーリングを体験してみると、もうのんびりなんかはしてられない。もっと、そういう感覚を味わいたいと思うでしょう。面白かったり、感動したり、そういう事はみんな好きだと思います。疲れた時はのんびりで良い。でも、気持ちが充実している時は集中して走る。或いは、逆に、疲れた時に集中して走ると、気持ちが充実してきて、いつものパワーが戻るかもしれません。集中後のリラックス感はまた格別です。

いろんな使い方がありますが、時には集中してセーリングするという習慣を織り交ぜて頂ければと思います。そういうところから、感動やわくわくした気持ちが生まれてくると思います。たかがヨット、
でも使いようによっては、充実感をもたらしてくれるヨットになります。

セーリングするなんて事は、日常生活から見れば、とんでも無い事です。非日常の最たるものではないでしょうか。海というフィールド、風、不安定極まりない乗り物、それをうまいことバランスを取りながら走らせるなんてことは、日常ではありえない行為です。そこに面白さを見出したなら、こんなに面白い事はありません。そこには感動が無いはずが無い。それを支えるのがヨットの性能という事になります。性能が高ければ高い程、自分が楽になれる。そうなれば余計面白くなる。すると、夢中になり、感動する場面も出てくるでしょう。せっかく非日常的な事をやるのなら、その最たるセーリングという特性を存分に味わう事は、ヨットをヨットたらしめる最大の方法であり、ヨットを味わう最大の方法かと思います。これが面白いと感じたら、ヨットに関する行為全てが面白くなります。
面白いというのは、爽やかとか、優雅に留まらず、ワクワクした気分、気持ちが高揚します。だからこそ、セーリングが終わって、帰ってきた時、そのリラックス感の落差が充実感をもたらすのだと思います。気持ちを落ち着かせる為に、静かな音楽を聴きます。でも、本当は、一度激しい音楽を聴いて、それから後、静かな音楽を聴いた方が落ち着くそうです。それと同じじゃないかと思います。

何もヨットで激しく動くという意味ではありません。その時のバランスをよりうまく取る事に集中する事が緊張と緩和をもたらす。その緊張と緩和を自分の意思で、コントロールしていく事ができます。
これはまさしく、成熟した大人の遊びだと思いますね。緊張と緩和で、バランスの妙を楽しむ。感動するというのは、そんなバランスを味わいながら、時として起こるプレゼントのような物でしょう。こればかりは操作はできません。でも、やる人にしか贈られないものではないかと思います。

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