第九十七話 クルー

今時、クルーを一人確保してくださいというのは、なかなか難しい問題です。誰でも良いわけではありませんし、ヨットの経験があれば良いわけでもありません。常に自分とともにするわけですから、ヨットの知識よりも、人としての付き合いがどうかというのが優先されます。また、自分と気の合う方がヨットのクルーになってくれるかどうかも解りません。もし、気の合う、ヨット好きのクルーがひとり居れば、ヨットライフはとても豊かになります。二人が慣れてくれば、たいていのヨットは二人で操船できます。それに気の合うクルーでも、同じ価値観をヨットについては持っている人が良い。オーナーの希望する乗り方を、そのクルーも同じように楽しんでくれる人が良い。

ところが、その気の合うヨット好きのクルーが居ても、いつも自分の都合の良い時に、相手も都合が良いとは限りません。そこで制限されてきます。天候は最高で、自分は行きたくても、クルーは仕事かもしれませんし、結婚式に呼ばれているかもしれません。それでは、断念せざるを得ません。また、誰かを招待した時、そういう時もこのクルーを呼ばないとヨットを出す事ができません。そのクルーが都合悪ければ、それもできない事になります。

クルーが居るという事は自分のヨットライフの幅を広げてくれるという事も事実ですが、場合によっては、その逆にも成り得るという事になります。という事は自分のヨットライフは自分次第では無くなって、クルー次第になってしまいます。何も、クルー様と持ち上げる事はありませんが、余程うまくしないと、自分のヨットライフ、自由なヨット、そんな遊びが自由では無くなってしまいます。どうせクルーが居ないと出せないのなら、いっそのこと共同オーナーシステムをきちんと確立した方が良いかもしれません。数人の共同オーナーで、何人かは都合がつくという確立の下、出せるチャンスは多くなると思います。まあ、これもなかなか難しい面もありますが。

そこで、最終的に落ち着くところはシングルでも乗れるという条件を持つ事です。車はひとりで運転できます。バスでも、大型ダンプでも一人で運転できます。飛行機だって、ヘリコプターも一人でできる。それがみんなクルーを必要とするのなら、今みたいにどんどんは乗れません。これは不便な事です。ヨットだって、何人で乗るかは自由ですが、ひとりでも大丈夫というなら、自由自在ではないでしょうか。ひとりで操船できるなら、二人でも、三人でもできます。クルーが都合悪くても大丈夫、何ら自分のヨットライフを左右される事もありません。

私の知っている範囲では、最大40フィートのヨットをシングルで操船されています。これはいつもはクルーが居て、たまにシングルという事では無く、乗るときはたいていはシングルで乗られます。と言いましても、もうひとりおられますが、あくまでゲストです。操船の頼りにはされていません。こういうサイズですから、オートパイロットを使われます。セールを上げる時、トリミング、タッキング、いろんな場面でオートパイロットが役に立ちます。使い方はクルージングがコンセプトです。ですから、乗るときはちょっと遠出の旅が主になります。

遠出では無く、日常のデイセーリングを主としますと、意識はもっとセーリングそのものの質に向かっていきます。操作自体を楽しみ、その反応を楽しむという乗り方になっていきます。必然的にそうなっていくと思います。目的地がありませんから、セーリングが目的になります。バランスを楽しんだり、スピードを楽しんだり、トリミングを楽しんだりします。そうしますと、オートパイロットを使うというより、使わない操船の方が面白く感じます。舵を持ったまま、できるだけいろんな操作ができると、その操作の反応が舵に伝わってきますから、遊ぶ事ができます。遊びですから、結果を遊ぶのでは無く、プロセスを遊んでいます。スピードという結果を楽しむ事もありますが、むしろそこに至る自分の操作のプロセスを楽しみます。

こう考えますと、例えば、舵を握ってメインを上げる。ウィンチが遠ければ手が届きません。まあ、これぐらいはオートパイロットを使いましょうか。セールを展開後、舵を握って帆走にはいります。ジブシートを少し出したい、或いは引きたい。メインシートも同じですが、舵を持ったままそれができるかどうかです。この場合はオートパイロットを使わずにです。タッキングもそうです。バング、バックステーアジャスター、トラベラー、それらが全部オートパイロット無しでできないと、シングルでのセーリングの面白さが減じられてくると思います。そこでクルーがひとり居るなら、彼がやってくれますから良いのですが、そうでなければ自分でやるしかない。オートパイロットを使うより、使わないセーリングをしたい。そういう事を考えますと、必然的に艤装の内容がどうあったら良いかが解ってきます。

それじゃ全部手が届けば良いのかと言いますと、それは必要ですが、パワーの問題もあります。片手に舵持って、片手でウィンチを回すなんて事は簡単ではありません。かなりのパワーを要します。ならば、電動ウィンチなんか使うのは良いと思います。メインシートは手元にあった方が良いし、それをウィンチで引くか、テークルを造ってパワーを軽減して、片手で操作できる方が面白いと思います。つまりこれはセーリングをスポーツしてますね。こうやってひとりで全部できれば、後は自由自在です。クルーが来ても来なくても、ヨット初心者を乗せても、自由自在にセーリングを遊ぶ事ができます。ゆったりも走れますし、スピードを追求するスポーツをする事もできます。万能の乗り方です。宴会もできますし、ピクニックもできます。ちょっと遠出だってできます。

さて、それら全てを支えるのが船体です。条件は強い船体である事、波に負けない、セールに負けない船体がほしいと思います。頑丈であるためには重い必要は今はありません。サンドイッチ構造などの工法がありますし、重くなりすぎないで、強いハルができます。外洋に行かないにしても、ハルは固い方が良い。波にもまれ、風にストレスを受ける船体は固い方が良いにきまってます。車のスピードを支えるのは車体であり、ブレーキ、足回りです。それが無いと、エンジンだけパワーアップしても実際は走れません。

それと復元性の問題です。クルー無しの想定ですから、高い安定性を持つ事によってセーリングが支えられます。そうでなければ、せっかく良い風なのに、どんどん風を逃がすか、早い時期でのリーフを余儀なくされます。それではせっかくの快走感を味わう事無く、それがセーリングだと思ってしまいかねません。最も面白いところ、料理で言うならメインディッシュを食べない事になります。だからと言って、最初からセールプランにおいて、マストを低くして、セールエリアを小さくしたら、それも同じ事になります。かと言って、強風に強いのかと言いますと、復元性の問題もあります。

復元性を高める方法は、キールを重たくする事です。もっと復元性を高めたいと思うなら、フリーボードを低くする事です。どこまでやるかはデザイナー次第、選ぶオーナー次第ですが、重心が低ければ低い程、安定性は高まります。セールでしっかり風を受けて、それを船体が支え、その安定性が全部を支えています。

こうやって見ていきますと、デザイナーが意図したコンセプトが少しづつ見えてきます。どんなセーリングを想定してデザインしたのか、その想定に自分も入っているのか居ないのか。クルーが必要か否か、だいたい想像がついてくると思います。デザイナーはどんな方々に乗ってほしいかを考えてデザインします。オーナーも選ぶ権利を行使しないといけません。

これからは、クルーに左右されない乗り方、それさえ持っていれば、最高の自由を味わう事ができると思います。万能な乗り方だと思います。オートパイロットを使おうが、使うまいが、一人で乗れる乗り方を得ていれば、いつでも自由だと思います。バスも飛行機もひとりで操縦できるのですから便利です。ヨットもひとりでできれば便利です。別にクルーを嫌うわけじゃありませんよ。最大限の自由を確保しておく事をお奨めしているだけです。主役はオーナーなんですから。

もっとでかいヨットになりますと、操船は全部クルーがやります。オーナーは気が向いた時にやれば良いわけです。この場合のクルーはペイドクルーですから、いつでも、オーナーは好きな時にヨットを出して遊ぶ事ができます。掃除もメインテナンスも全部クルーがやりますから、ヨットは常に最高のコンディションを維持する事ができます。

自分でやるのを楽しみたい方は、ペイドクルーを雇わない、それでも自由を満喫できるシングルハンドセーリングがお奨めです。何度も言いますが、シングルハンドさえ心得ていれば、オーナーはいつも自由に、誰とでもセーリングを心行くまで堪能できるのです。旅をする時はオートパイロットを使いましょう。でも、セーリングする時は自分がパイロットになった方が良いと思います。何故なら、動かすのが目的では無く、感じて遊ぶのが目的ですから。オートパイロットに楽しみを奪われる事になりますから、これは本意ではありません。

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