第四十話 暴言

私も乗せてと、奥さんが言いますね、でも、そんな言葉を真に受けてはなりません。別に嘘を言ってるわけではありませんが、奥さんの言葉はオーナーほどの熱意があるわけではありません。オーナーが言うヨットに乗りたいと、奥さんが言う乗りたいは次元が違うのです。それが普通なのです。まあ、年に2,3回、否、1,2回ぐらいは乗っても良いかなと思う程度です。ちょっと波が高いと嫌になるし、ちょっと風が強いと、ちょっと太陽が照りつけると、当分は乗らない日々が続きます。そんなもんです。そうじゃない方には御免なさい。でも、普通はこんなもんです。

それなのに、男はそんな言葉に惑わされる。そして奥さん好みのヨットを買ってしまうのです。それが為に、ファンシーな内装、温水シャワーや冷蔵庫やエアコンまで設置します。それなのに、奥さんはめったに来ない。オーナーも面白くも無いヨットを選んだばかりに、たまにしか乗らなくなる。それを今度は奥さんが責めるのです。ああ、もったいない。そんな馬鹿な!

ヨットはヨットマンの乗り物です。遊び道具です。女性もヨット好きなら、ヨットウーマンです。ヨットはそういう人達の為にある。奥さんを乗せるのは、ヨットマン(ウーマン)の為の道具に載せてあげるわけです。ヨットの面白さ、楽しさを少しだけ見せてあげる。それに温水が無いだの、キャビンが狭いだの文句言わせてはいけません。主役は誰か?主役の望むヨットで良いのです。ゲストはあくまでゲスト、主役のスタイルを見せてあげれば良い。

そこまで割り切る事ができたなら、ヨットは実に面白くなります。オーナーの面白い道具、おもちゃにできます。この際、奥さんの好みなんてのはどうでも良いのです。或いは、ヨットウーマンならば、だんなの好みなんてのはどうでも良い。一緒に使う同じ趣味で無い限り、どうでも良いのです。

セーリングの微妙さ、スリル、面白さは好きな方でないと解らない。キャビンが素晴らしいから、ニス塗りが素晴らしいから、豪華だから、そんな事ではヨットは解らない。もちろん、解らせる必要も無い。車とは違うんです。奥さんがヨットに興味が無いなら幸せです。自分だけの好みを反映させるだけで良いからです。ですから、日本の男達はたいてい、みんな幸せです。私の知る限り、ヨット好きの奥さんは三人しか居ない。

でも、ヨットを選ぶのは奥さんという場合が結構ある。昔、アメリカのボートショーを見に行った時、向こうのある造船所の人が言ってました。選ぶのは奥さんだと。だから、デザイナーのオリジナルデザインを少し変えて、キャビンを広くしたり、ファンシーな内装を心がけると。これはあるスポーツフィッシャーマンのボートの造船所の話ですが、有名な造船所です。何故か、波叩きが悪いとは言わ無いまでも、ちょっときついというと、内緒で実はこのモデルは船底の角度をオリジナルより少しフラットにしているとの事でした。そうすればキャビンが広くなる。そのせいで、走りが少ししんどい。

どこの国でも奥さんが強い。でも、ここは、何とか踏ん張って、自分の好みを押し通しましょう。その方が、絶対オーナーにとっても、奥さんにとっても、結果は良いと思いますね。ヨットに対する思い入れの違い、見方の違い、その違いで全てが台無しになるよりはずっと良い。

もし、レーサーが好きなら、レーサーに載せて上げれば良い。何の不足があるだろう。豪華な広いキャビンにしたところで、来ないものは来ないんですから。ただ、外国の奥さんの方がヨットには良く乗るようです。海外から夫婦で来るヨットは実に多い。でも、みんなじゃない。以上、暴言でした。

もちろん、夫婦であっちょこっち行って楽しんでおられるご夫婦もおられます。それも充分解っていますが、残念な事に例外ですね。本当はファミリークルージングもおおいにお奨めなのですが、どうも日本ではそういう事が最初だけで、長続きしない。ならば、そんな事は考えずに、自分の独自のスタイルを押し通し、ほんのたまに載せるのであれば、ヨットは何だって良いはずです。レーサーでも、デイセーラーでも、小さくても、何だって良い。上天気の時はコクピットが最も快適です。エアコンの効いたキャビンよりももっと快適です。

キャビンなんて必要無いとは言うつもりはありませんが、ヨットは、キャビン主役の使い方とセーリング主役の使い方がある。どちらも満足させたいが、なかなかそうはいかない。キャビンを主役にしてきたヨットは、どんどん進み、キャビンの快適さを目指す。反面、セーリング主役にしていくと、これも濃縮されて、狭いキャビンのデイセーラーが出来上がった。そこで、オーナーは果たしてどっちが面白いのかと考えなければならない。長いヨットライフにおいて、どんな事を想像できるでしょうか?帆走が面白いのか、キャビンが面白いのか?

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