第九十一話 フィーリング第一主義

ヨットに対する見方はいろいろあると思います。何人乗れるか、装備はどうか、操作性はどうか?
昔は何もついていませんでした。それがやがて、ジブファーラーが付くようになります。これは便利ですね。それから、輸入艇には、12Vの冷蔵庫がついて、温水器がついて、キャビンは広くなりました。実に快適に思えたものです。

冷蔵庫も有難いとは思ったものの、実際は冷えるまでに相当時間がかかりましたし、これならアイスボックスの方が手っ取り早い。それにバッテリーも心配ですからエンジンをかけておくのも野暮なもの。温水器はと言いますと、シャワーは浴びないし、夏なら水でも良かった。まして、食器洗いなんかしないし。そう思うと、有難いと思ったものが、使わなくなってしまいました。でも、広いキャビンはゆったりできるな。

やがて、アメリカヨットにはドジャーがついてきた。これは有難い。スプレー除けにもなるし、寒い日は寒さをしのいだり、ちょっとした雨なんかの時も雨宿りができる。舵はオートパイロットです。でも、一体何をしているのだろう。どこか遠くに回航に行ったりした時、そういう時には確かに重宝します。しかし、一体これは何か?何が面白いのだろうか?

有難い事、便利な事、想像すれば、そういう場面がたくさんあります。しかし、実際にはあまり使わなかったし、それに面白さはどこにあるのだろうと思う時、ヨットはもっと他の使い方、遊び方、楽しみ方があるのではないかと思ったわけです。

そこで、フル装備のヨットでしたが、そういう装備は全く使わず、ただセーリングを楽しむという方向に進んだ時、そこに面白さを感じたわけです。冷蔵庫や温水やドジャーや、そういう便利な物は、確かに有難い物、快適に過ごす道具として使う事ができますが、それを使うのが面白いわけでは無い。確かに、夏の暑い日に冷えたビールは有難い。でも、楽しさ、面白さはまた別のところにあるような気がします。これらは、セーリングして、エキサイティングだったり、スプレー浴びたり、快走したり、いろんな操作をして楽しんだり、そういう事に比べれば、たいした事は無いような。そう感じてきました。もちろん、あっても良いわけですが、無くても構わないという感じです。それより、スムースなセーリング、いろんなフィーリング、そういう事の方が重要に思えたわけです。

もちろん、回航したりするときは有難いものです。回航はできるだけ早く届ける必要があって、殆どはエンジンで走ります。ですから冷蔵庫も付けっぱなしですから、有難い。ドジャーも夜は寒いし、こういう時のスプレーは面白くありませんから、これも有難いわけです。しかし、面白さはどこにも無い。

面白い事は何か?それは冷蔵庫でも温水でも、広いキャビンでもドジャーでもオートパイロットでも無かった。これらはみんな、何か面白い事の補助的な物であって、これらがあるから面白いわけでは無かった。セーリングして、いろんな走りをして、いろんな感じを得て、それらをどんどん進める事に面白さを感じ、それに伴い知識が増え、体も慣れ、多少とも上達していく感じが面白く感じられてきました。

別にレースしたいわけでは無かったので、走る感じが面白かったし、速い方がもちろん良いわけですが、速さだけが全てでもなかった。舵を持つ感じ、わずかな動き、それらが解る事。わずかでもふっと加速する感じ、緊張感、その後の弛緩、そういういろんな感じに面白さを感じます。ですから、フィーリング第一主義。セーリングにおいて、どんな感じがするかが第一。良いフィーリングを得たいと思います。それさえ面白ければ、他の事はあっても無くても良い。セーリングの邪魔なら無い方が良いとさえ感じられます。

旅を好まれる方は、また違うご意見だと思います。しかし、セーリングを遊ぶなら、フィーリングこそが最も大事なのではないかと思います。デイセーラーは、そういうセーリングとしてのヨットの理想形でもあります。ハルの硬さ、重心の低さ、セーリングのし易さ、性能の高さ、繊細さ、レスポンスの良さ、そういう面白さがあれば、他の事はたいした事は無い。ただ、美しさはいつも重要ですが。
これも美しさから得られるフィーリングのひとつですから、カッコ悪いヨットには興味が湧きません。

物があるなし、サイズの大きさ、これらは簡単と言えば、簡単な事。しかしながら、フィーリング第一となりますと、難しくなります。あれば良い、走れば良いというわけにはいきません。どれだけ求めるか、人にもよります。形があっても、ヨットによってフィーリングが違います。造りにおおいに関係してきますので、造船所の果たす役割は大きいと言えます。一旦、滑らかな感じを得ますと、もう他のヨットには乗れなくなるかもしれません。同じように走っても、感じが違うんです。

滑らかなセーリングを感じる時、高い安定性を感じる時、レスポンスの良さ、加速感を感じる時、至福の時であります。この感じ、より良い感じを求めるセーリング、それが面白さと感じます。フィーリング第一主義なのであります。

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