第九十八話 たかがセーリング、されど

レーサー以外においては、セーリングはあまり重要視されていません。たかがセーリングであります。スピードだってたいした事は無い。おまけに、風が吹かなきゃ走れないし、また、どんなヨットだってセールさえ出せば走ることはできます。レースでも無いのに、セーリングをそんなに重視する必要も無い。

それより、居住性、快適性、その方が重要視されます。そこそこ走れば充分です。極端に遅い船でなければ、それで良し。エアコンが効いたキャビンで寛ぐ方が快適です。装備もバッチリ、操船も簡単なら言う事無し。それが多くの方々が求めるヨットではないでしょうか?気持ちは良く解ります。私も昔はそれで良いと思っていました。

ところが、一旦グッドフィーリングの快走を味わってからは違います。感じが全く違う事に気付きます。そうなると、ただ走れば良いとはいきません。より良い感じがほしくなる。その感じとは、スピードが同じでも違うのです。何と表現すべきか?滑らかさが違うのです。これだけでも、気分は全く違ってきます。楽しくなってきます。これぞ、セーリングの面白さ、レースをしなくても、セーリングは面白い。

一体、何がこの違いを生み出すのか?デザインでしょうね、船体の重量、硬さ、そういうものでしょう。これって、多分、プロのデザイナーや造船所は解っているはずです。でも、何故、そういうヨットを造らないのか?問題はそれでは無く、売れるか売れないかが重要だからでしょう。どれだけの方々がそれを求めるかに怖さがあります。それよりみんなが見て明らかな部分に力を注ぐ。これは当たり前。

しかし、デイセーラーはここに力を入れてきた。大英断だと思います。勇気が要ったと思います。案の定最初は売れなかった。アメリカでも売れなかった、何年も。しかし、近年、それが広く理解され支持されてきました。状況は変わってきました。要約、セーリングが重視されてきた。何故なら、セーリングが違うからです。受けるフィーリングが違うからです。そして、それが面白いからです。ここにヨットは寛ぎの場としてだけで無く、スポーツと化します。レースをしないでも面白いスポーツです。フィーリングの遊びです。されどセーリングです。

高い剛性と安定性、それに良いデザインが融合して、新しいセーリングを作り上げました。ゆっくり走ってもフィーリングが違います。何とも心地良い。勝つか負けるかなんてどうでも良い。心地良いセーリングがしたい。これは感じですから、見る事ができませんし、書く事もできないし、データとして出せるわけでもない。滑らか度なんて数値があると良いのですが。

欧米では、オーナー側から特注で新しいコンセプトの建造を依頼する場合があります。自分はこういうヨットがほしいと明確にデザイナーに相談するわけです。それでもって、全く新しいヨットができる事があります。一艇だけの特注ヨットです。その後、場合によっては造船所がプロダクション化して売りに出す事もあれば、それ一艇で終わる事もある。この流れで、プロダクション化されたのが、アレリオンやイタリアのブレンタのヨットです。そういうコンセプトが他の方々にも受け入れられるかどうかはギャンブルです。この勇気から、新しい発展が出てくる。

欧米では、いろんなコンセプトのヨットが次々に造られています。その多くはプロダクション化されない。日本にも入らない。でも、これらの勇気ある試みが進化をもたらす。やはりヨット先進国は違います。やはり、市場が成熟しないとこうはいかないでしょう。

日本の自動車産業は成熟していますから、電気自動車やハイブリッドなども出てきます。ヨットはそうはいきませんが、将来、日本から発信するヨットが出てくると、面白くなるのですが。それには、まだまだ成熟度が足りませんね。時間が必要です。欧米には極端にお金持ちが居ますから、それもおおいに関係あります。以外と近い将来、中国あたりから出たりして。それにしても、既存の概念に捉われない発想が必要になります。お金さえあればできるものでも無い。もっと自由にヨットを使い、もっと自由に考える。既成概念を打ち破る発想が必要です。ヨットですから、奇想天外な遊びの発想が必要でしょう。技術的に可能かどうかなんて考える必要は無い。漫画みたいなアイデアから生まれるのかもしれません。それは兎も角、もっと自由に遊びましょう。

アレリオンのジブブームなんてできてしまえば、それ程驚く事も無いのでしょうが、これは活気的なアイデアだと思います。キールが左右に動くカンティングキールもそうだし、最近のでは、ハルの横から水平に平たい板を差し出してスタビリティーを稼ぐというのもありました。ドイツでは60フィートのシングルハンドヨットがありますし、このTALK&TALKでも紹介しました。新しい発明、新しいコンセプト、実に面白い。これらは、造船所が考えるだけでなく、オーナー達も考えている。造船所から出てくるのを待っているだけではありませんね。そうやって、関わるみんなが考え、新しい物を創り出す。それでこそ、ヨット先進国。それが、面白いと考える人達が増えてくる事こそが、先進国なのでしょう。こうしたら、ああしたら面白いんじゃないか、と自分で創造するわけですから、面白く無いはずが無い。そこから楽しんでいます。

居住性はおそらく来るところまで来た感があります。広いし、装備さえ設置すればどんなにでも快適にできます。広さも、もう限界でしょう。そうなると、今度はセーリングです。楽なハンドリングで、いかに快走できるか?強風にも微風にも強い?どんな快走感が得られるかというのに重点が置かれるようになるのでは?既にそういう模索は始まっていると思います。居住を楽しむか、セーリングを楽しむか?セーリングはもっと身近になるべきだと思います。ちょい乗りの面白さがもっと流行ってほしいと思います。

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