第六十二話 速さの要素

速さは面白さと書きました。あくまでセーリングを主として楽しむ場合です。クルージングの旅の場合は、また別の要素も必要になってきます。

そこで、速さの要素とは何でしょうか?船体重量、セールエリア、重量は軽い方が速いし、セールはでかい方が有利。しかし、速さとは比較の問題でもあります。よって、これより速いか遅いかという事になるわけですが、一般的に速いという場合、セールエリアに対する水線長の長さ、セールエリアに対する重量、そういう計算があります。以前にもそういう計算式を書いた事がありますが、実際セーリングして感じる事は、そういう重量、セールエリアは重要ですが、それを支える為に、重心の低さ、バラスト比の高さも重要です。

軽風ですと、あまりバラスト比の重要さは感じないかもしれません。しかし、風が強くなりますと、船体はヒール角度が大きくなっていきます。初期ヒールでは、キールが斜めになっても、まだあまりキールの復元力は発揮されませんが、それからもっとヒールしますと、キールは横に張り出してきます。この時、キールが重いなら、元に戻ろうとしますし、軽めなら、そういう復元する力は弱い。腰が強いというのは、そういう事で、ある一定にまでヒールしてきますと、キールの重みで、そのヒールに対する抵抗が生まれます。

船体が軽く、セールエリアが大きいにしても、微軽風なら兎も角、ちょっと風が強くなりますと、オーバーヒールになり、クルーの体重で起こすか、或いは、風を逃がすか、それでもなら、リーフになります。こうなりますと、速いとは言えなくなる。あえて言えば、微軽風では速いという事になります。

クルーをたくさん抱えたレーサーなら、クルーの体重で起こせますが、通常のセーリングではクルーの体重は考えない。しかも、微軽風の時ばかりか、強風になる場合もあり、それなら船体重量が軽いだけでは速く走る事はできなくなります。理想的には、船体重量は軽く、でも、重心は低く、バラスト比は高くということになります。それでいて、大きなセールエリアを持つならば、微軽風でも強風でも腰が強く良く走るという事になる。

こんなヨットが実際できるのか?船体を全部ハイテク素材で作って、軽くする?カーボンなんか使って?可能でしょうが、それでは価格がとんでもない価格になってしまう。同じ重量の場合、その重量の配分をどうするか?船体を軽くして、軽くなった分をバラストに配分するという方法もあります。船体が軽くとなりますと、キャビンを犠牲にせざるを得無い。キャビンは小さく、バラスト比は高く。実はそうしたのがデイセーラーです。

スピードの要素は他にもあります。船型です。フラットな船型は浮きやすい。ですから速く走る事ができます。だからと言って、フラットにしすぎると、波に叩かれる。丁度、プールに飛び込んだ時、胸を打つ時と同じです。逆に鋭角にしますと、波に対して柔らかくなる。でも、これはスピードを犠牲にする。このふたつの矛盾する要素をどこでバランスを取るか?そこが重要になります。デザイナーの腕の見せ所です。ですが、ヨットにはキャビンというもうひとつの要素があり、フラットにした方が広くできる。鋭角にしますと狭くなる。微妙なバランス、微妙なラインが必要になるでしょうね。このバランスはそのヨットのコンセプトをつくる事になると思います。

もうひとつの要素は船体の硬さ。波に押されて負けるとか、船体が曲がるとか、時々、バックステーを引いてセールをフラットにしたいのに、いくら引いてもマストが曲がらない事がある。これは船体が曲がっている為です。柔らかい船体、剛性が低い船体はスピードにも影響します。

さて、ヨットが微軽風で走る時、さして問題は無い。軽くて、大きなセールを持ち、水線長が長いヨットが速い。しかしながら、風は強風にもなるわけですから、それで途端に走れないでは面白くありません。やはり、強風でも腰が強く、安定した走りを見せるヨットの方が良い。それでいて、微軽風にもある程度走ってくれれば文句無し。そういう走りを強調しますと、何かが犠牲にならざるを得無い。そこでキャビンを犠牲にと割り切ったのがデイセーラーです。

また、速く走る為に複雑な操作が必要だったり、クルーが必要だったりしますと、これま一般セーラーには乗りにくくなります。ショートハンドでも、シングルでも、そういう操作が簡単で、しかも速く走る事ができる。それがデイセーラーです。

もひとつ重要な要素があります。海面との高さです。海面から高い位置にいますと、スピードが遅く感じます。海面に近い方がスピード感があります。この事は同じスピードでも、感じ方が違うという事なのですが、絶対スピードが重要と思われるでしょうが、もちろん絶対スピードが速いにこした事は無い。でも、レースなら兎も角、一般セーリングの場合、どう感じるのかは重要かと思います。何故なら、どう感じるかこそが面白さの要素だからです。同じスピードで走っていても、遅く感じるヨットと速く感じるヨットは、面白さにおいて違ってきます。モーターボートで20ノットなんかで走ると遅く感じます。フライブリッジ付のボートで上で操船していますと、もっと遅く感じる。これがヨットですと、とんでも無く速く感じます。この感じる事は非常に重要で、ヨットのスピード感がボートと同じなら、ヨットなんて乗ってられません。いかに感じられるか、自分が自分のヨットで走る時、どんなフィーリングを与えてくれるか、これはヨット遊びにおいて重要な事かと思います。

それがデイセーラーは非常に海面に近い。よってスピード感があります。それが面白さになります。それでいて、ライフラインなど必要としない。ライフラインなど無くても全く不安も無い。デイセーラーというヨットは、我々一般セーラーが、セーリングを楽しむ為に作られたヨットだという事が良く解ります。それに全体のプロフィールが低いと形的にも美しい。造船所に、昔々ですが、もうちょっと高くならないかと聞いた事があります。曰く、そうすると美しくなくなる、と返事が返ってきました。
最初はそう言われても、と思ったものですが、ものですが、今では美しさは重要ですし、速さも操作性も重要だと思えます。そしてその為には多少のキャビンの狭さも気にならない。何しろ、たいして使いませんから。

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