第八十六話 良い気持ち

船体の堅さはセーリングにおいてスムース感を感じさせます。滑らかな感じ、シルクに触る肌触りの感触に似ています。しかし、重い船体なら、その感じが減少していきます。ですから、軽く、でも堅く造るのは、その滑らかな感触を増幅させる為です。

滑らかな感触を持つと、ちょっとした変化も感じられるようになります。ヨットがわずかな風の変化の影響によって、スピードを増す時、そこに加速感が感じられるようになります。滑らかなうえに、加速感を感じますと、さらに良い気持ちを感じます。

舵が重いと、滑らかさの感じが減少してしまいます。舵に力が入り、感じるセンサーがそこに削がれます。軽い舵には力は不要、わずかな手の触る感触で充分です。そうしますと、自分の感じのセンサーに余裕ができます。それがスムース感をもっと感じさせてくれます。

重いヨットは、水線から下の沈んだ部分の体積が大きくなります。従って、海水と接する面積も大きくなり、海水と船体の摩擦も大きくなります。それはドラッグが大きくなると言い、ドラッグは引きずるという意味です。スムース感は減少します。

軽いヨットは接水面積が少なくなり、ドラッグも少なくなります。ですから、よりスムース感が増します。しかし、波が無ければ良いのでしょうが、海に波はつきものですから、軽いだけではスムース感以外に、波に翻弄される感じもついてきます。ですから、船型が影響します。フラットな船型は波が無い状態では良いかもしれませんが、波があると波と船体の接触時に船体に衝撃を与えやすい。かと言って、その反対の鋭角な船型にしますと、ドラッグが大きすぎる。よって、その間のバランスの良い船型が必要になります。だいたい、バウの部分はやや鋭角に、そして後部に向かって、フラットに。バウの部分は波に対するエントリーという事になります。もちろん、こんなに単純では無いと思いますが。

バランスの取れた船型は、スムース感を損なわず、波の衝撃も軽減し、それはまた船体の堅さも、その衝撃減少を助けています。

そこに、キールがあります。キールは船体のスタビリティーを増します。いくら軽く、堅い船体で、船型も良いにしても、スタビリティーが低すぎるなら、セーリングの幅も狭くなります。だからと言って、キールを重くし過ぎますと、全体重量も重くなります。ここにもバランスが必要になります。

全体重量を軽くしながらも、スタビリティーを上げる事がセーリングで気持ち良さを味わうには必要です。その工夫として、船体、デッキをサンドイッチ構造にして、重くならないで厚みをつける事をやります。FRPの外側と内側の間に、バルサとか化学的フォーム材を挟み込んで、それを接着するわけです。重要な事は、この各層が充分に接着される事です。これが剥がれますと、強度が激減します。それでは気持ちの良いスムース感が得られないどころか危険でもあります。

その接着には全体をプラスティックバッグで覆って、真空ポンプで内部を真空にし、気圧の力で圧着します。気圧は日常的に我々が受けているわけですが、慣れてしまって気付きませんが、この圧はすごいもんです。余談ですが、現在では、チークデッキを貼り付ける場合、ビスは使いません。貼り付けです。この真空引きで圧着します。ビスなんか必要無いのです。それだけ強く貼り付けられます。

さらにスタビリティーを上げるとするなら、船体構造をできるだけ低く造ります。これが今日のデイセーラーです。さらに行うなら、マストをカーボンにして、軽くします。するともっとスタビリティーは高くなります。

デイセーラーは、セーリングからいかに良い気持ちを引き出せるかを考えて造られています。それはスムース感から始まる。そこに良い気持ちを味わう事が最初です。そして加速感、安定感、スピード感、等々が加わって気持ち良さがさらに増幅されていきます。セーリングは見えるスピードよりも、見えない良い気持ちが重要かと思います。それには、重量、船型、堅さ、軽さ、タビリティー、そしてエンジンであるセールエリア、これらが絶妙にバランスされている事で味わえる感覚という事になります。

それは今迄は、あまり重要視されてこなかった要素かもしれません。レーサーは速く、クルージング艇は便利に、そう考えてやってきたのが、デイセーラーの出現で、新たな価値観が生み出されました。それは気持ち良くです。滑らかな感触、シルクの肌触り、そういう感触を実現しようとしたわけです。

次へ       目次へ