第十六話 オー、ミステイク

ヨットのイメージは様々ですが、多くの場合、爽やかなイメージがあり、楽しいイメージを描きます。快晴の空に、程良い風、その風を受けて快走します。とっても気持ちが良い。或いは、夜は、みんなで食事、飲んで、笑って、仲間と家族と、幸せな時間が過ぎる。

でも、そんな幸福な時間が毎日あったら、うんざりします。いくら酒好きでも、毎日宴会は御免こうむりたい。いくら、快走でも、毎日同じじゃ、飽きもする。人間はそんな身勝手なもんです。

でも、人はそんな良いイメージをいつも求めています。何故か?そんな機会が少ないからです。少ないから求めます。でも、現実はそんな事は少ない。逆に、多くても、飽きてくる。そんな身勝手な人間でありますね、我々は。矛盾だらけです。

無いものをねだり、多すぎたら拒否し、また無いものをねだる。ひょっとしたら、これはミステイク?
何か楽しい事を探したり、求めたりする事は当然の事としていますが、でも、ひょっとしたら、これは間違い?

理性的に考えると、これはミステイクです。家族で過ごすキャビンを夢見て、うまい酒を飲みながら、コクピットに座る夢見て、爽やかな快走を夢見て、想像を巡らす。これはミステイクじゃないか。
そんなものは、滅多に無い。滅多に無いから、この上も無く楽しさを感じます。でも、滅多に無いものをいつも求めるから、それがミステイクなのです。

楽しさをいつも求めますから、滅多にヨットなんか乗れません。それで、たまに乗ったら時化られて、或いは無風だったりして。でも、ヨットはそんなもん。そんなもんだから、この上も無い事に遭遇します。

自然はコントロール下にありません。ですから、コントロールできる所で遊ぶ。何でも思い通りにしたがる。でも、たとえパソコンのゲームでさえ、完全にはコントロールできません。まして、風や波なんかは、どうしようも無い。

我々は、何でも支配下に置こうと努力してきました。しかし、そろそろ、受身になる事も覚えた方が良いのかもしれません。コントロールできないものは、拒否する方法もあるが、受け入れて味わってみるのも悪く無いかもしれません。

楽しさを求めて、ヨットに乗る。ゲストには楽しさを味わって頂きたい。でも、普段の使い方としては、今日はどうかな。という程度。受け身である事は、それを受け入れる太っ腹の姿勢です。楽しさを求めれば、求める程に、嫌な事も多くなる。求めなければ、いろんな味わいが、そのまま味わえるかもしれません。ひょっとして、新しい発見もあるかもしれません。

それが面白さに発展していく可能性は充分にある。楽しさも受け入れ、そうで無い事も受け入れ、全部受け入れたら、面白さが出てくる。そんなもんじゃないかな〜?だから、楽しさを求めるのは、ミステイクという事になります。求めないから、楽しさが現われ、面白さにも発展していくのかもしれませんね〜。人間てのは難しい、矛盾だらけの生き物なんですね。面倒くさいのは、物事では無く、人間の方でした。ならば、少しシンプルになって、受け入れてみようかな〜。

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