第六十五話 メインシートトラベラー

かつて、メインシートトラベラーはコクピットの中央に設置されていました。しかし、今は、クルージング艇に限っては、キャビン天井の上に移動させられました。これによって何が変わったのか、となりますと、シートを引く力が2倍以上必要になるという事です。だから、ウィンチを使わざるを得ない事になります。

ウィンチで引くという時、前に行って、ハンドルを回す。リリースする時は、解いて出す。ひと手間、ふた手間かかる上に、力が要る。この世の中に、余計に力が必要で、それに手間もかかるというのは進化に逆向しています。ひょっとしたら、トラベラーをグースネックに近づける事で、ブームの振れ幅がもっと取れる。その狙い? そんなはずは無い。トラベラーの長さは短い。

進化という事を考えるならば、コクピットにあるトラベラーが邪魔だったから移動させた。それによって、コクピットは使いやすくなりました。視点はセーリングにあるのでは無く、クルージングにおいて、セーリングよりも、コクピットの有効利用を考えた。そういう進化であります。それが市場に認められました。ですから、クルージング艇はそれで良い。セーリングから少し離れたと考えられます。

こういうヨットをシングルハンドで乗る場合、舵を持って、メインシートの操作はできません。ですから、シングルはしないか、オートパイロットを使う。舵から離れるという事は、セーリング操作を逃す事になりますが、それで良い。何もセーリングを中心に遊ぶヨットでは無いし、シングルができないわけじゃないし、クルーが居れば問題無い。進化はクルージングという視点で行われた事になります。

こうやって、クルージングという視点でヨットは進化していきます。それはセーリングを求める事とは異なります。という事は、クルージングにおいて、より快適になり、そのことはセーリングという視点から離れていく事になります。

さらに進化して、広いコクピットになり、中央には、トラベラーに替えて、大きなテーブルが設置され、より快適さを追求される。それで良い。これはクルージング艇としての進化であります。ですから、クルージングするには良い。

セーリングを遊ぶヨットはトラベラーは今でもコクピットにある。或いは、もっと後ろにある。力がその分不要で、ブロックを使ってテークルを組めば、手で引ける。テークルを増やして、細かい、軽くチューニングもできる。これはセーリングという視点での進化であります。

トラベラーの位置で、そのヨットのコンセプトは明確に解ります。

トラベラーが前にあって、力が必要になるなら、メインセールのブームを短くすれば、少しでも力が軽減されます。おまけにビミニトップもでかいのが設置できる。それで、セールエリアが軽減して、それでも良かったのですが、でかいジェノアを設置するもんですから、今度はジブシートを引くウィンチに力が必要になります。クルージング艇なら、ジブもそんなに大きくしないでも良いのではないか、という気がしないではありません。まあ、ファーラーですから、巻けば良いと考えたのかもしれません。

クルージングはクルージングとして進化し、セーリングはセーリングとして進化しています。両者は離れる事はあっても、近づいては来無い。ですから、我々はどこに視点を置いて見るかと問われます。かつて、ヨットに対して、何でもかんでも求めたのが、実際は何でもかんでもでは無くなってきました。専門性が高くなってきました。進化は専門性を進める。どちらもより快適に使えるように進化します。

そして、どんどん進化して、両者がますます離れていきますと、今度は多分その中間が出てくるであろうと想像しますが、結果は時を待たねばなりません。でも、クルージングと言っても、外洋クルージングから沿岸の近場のクルージングまであるわけですから、外洋はともかく、近場用なら、セーリング中心のヨットの方が使い勝手はあるのではないかと思うのですが。

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