第十二話 バランス遊び

ヨットには固定したものがありません。常に動いています。たとえば、車なら、いつでも簡単に時速100kmというスピードを達成できます。しかも、道路は、今日も明日もそこにあって、同じカーブを描いています。固定しています。変わるのは天候ぐらいです。天候の影響を受けはしますが、ヨット程ではありません。ですから、大抵は、固定した中で走る事ができます。

ヨットは、全てが常に動いてます。ブレーキかけて即座に停止、それから動かないというなら、まだ扱いやすいです。どこかに固定できる何かがあると、俄然扱いやすくなります。しかし、ヨットはいつも動いてます。それが難しさのひとつかもしれません。

常に動いているという事は、動きの中で、丁度良い位置を探さねばなりません。それも、ヨットによってもそのバランスポイントが異なります。セール操作をしながら、舵操作をしながら、風と波の具合を見ながら、そのうえでヨットのバランスを保つ必要があります。まあ、何とも不安定な乗り物です。

そのバランスは常に動く、風や波によって、いとも簡単に崩される。そういう中でのバランス取り遊びという事になります。でも、この不安定さこそが、面白さの源泉ですね。もし、風速が固定されますと、ヨットの面白さはかなり落ちます。風向が固定されますと、相当落ちます。不安定な中でこそバランス遊びが、難しくはなりますが、バリエーションを与えてくれる。

安定性とか言いますが、完全に安定する事はありませんから、その度合いの違い。一旦得た安定性の度合いは変わりません。船体の性能も変わらない。という事は、ここに基準があります。ヨットの安定性と変わらない性能において、変わる風や波に対して、舵とセールでバランスを取る。風は常に変わるので、常にバランス調整が必要になります。その気になれば、忙しくて仕方ない。

変わる物と変わらない物との間を取り持つのが、自分の感性になります。観察して、感じて、その力でバランス取りの度合いを感じる。そういう事を続けて行っている事になります。やってる事はそれだけですね。

でも、不安定だからこそ、調和が取れた、感じられた瞬間は、何とも気持ちが良いものです。我々は安定を求めます。不安定だからこそ安定を求めます。ですから、常に変化する中で、安定を得れると面白いのです。ピタリとバランスが取れた時、不安定だからこそ、より気持ち良さを感じざるを得ません。

スピード、6ノット、7ノットとか言いますが、本当はこのスピードの数値よりも、いかにうまくバランスが取れているのかが面白さなのかもしれません。ある程度強い風が吹く時、バランスをうまく取れれば、それが面白さであり、結果。7ノット、8ノットというスピードが出ているかもしれません。でも、このスピードは絶対では無く、ヨットによっては、5ノットでも、バランスが取れた面白さを感じれるかもしれません。

微軽風だと、このバランス取りがあまり感じられないかもしれません。ヨットの安定性が勝っているからでしょう。でも、そこにもバランスはあるわけで、ただ、感じ取るのがより難しいという事かと思います。ですから、微軽風の方が難しいとも言えますね。

考えてみましたら、ちょっとした曲芸みたいなものかもしれません。そうすると我々は曲芸師という事になります。曲芸師は曲芸する事によって、面白さを得る。もし、極度に高い安定度をヨットが持つとどうなるでしょう。どんなに強風でも、ほとんどヒールしないとか。カタマランなんかはそうです。
安定度の高いヨットを望みますが、極度に安定度が高いとどうでしょう?

もちろん、好みもありますが、極度に安定したヨットなら、曲芸のようなバランス取りは必要無くなります。そうなると、面白さはひたすらスピードのみという事になるのではないでしょうか?或いは、他の何か?安定して良いようで、ここまで来ると、やっぱり物足りないような気がしないでもありません。やはり、モノハルのヒールバランスを取りながらのセーリングの方が面白いような気がします。

ヨット乗りはサーカスのような曲芸師かな?バランスとスピードを遊びます。その時の風に対して、多すぎず、少なすぎずのパワーをセールに創る。最も調和が取れたポイントが、最大限のスピードを得る事になります。だから、スピードを追う事になります。

そのヨットには、独自のMAXパワーというのがあって、目いっぱいパワーをつけても、ヒール角度が10度ぐらいなら、本当はもっとパワーがほしい。でも、風頼りですから、現状で最大限のパワーを造る。それが風が強くなって、ヒール角度20度〜25度程度までヒールしますと、ここらあたりがMAXです。快走しているはずです。これ以上風が強くなりますと、オーバーパワーで、少しづつパワーを抜いていく。ヒール角度キープです。ここらあたりが最もエキサイティングなシーンでしょうか。
バランスの極限、スピードの極限を楽しむ事ができます。ヨットの安定度が高いと、風に対するキャパシティーは大きい。でも、極度に安定すると、様相は違ってきます。

でも、まあ、ヨットの燃料は風ですから、頼りない。だからこそ、バランスとスピードを楽しめるという事でしょうね。風が固定されると、ヨットなんか面白くなくなります。すぐに飽きてしまう。固定されたら、ひたすらスピードを追うしか無くなります。でも、それも固定された風の強さで決まってしまう。車のように、アクセルをもっとという事ができないわけですから。何とももどかしい。

風が常に変化するから面白い。でも、変化するから、無風もあれば、台風もある。良い時ばかりではありません。悪い時ばかりでも無い。良い時は誰でも簡単に楽しむ事ができます。でも、そうで無い時を、いかに楽しめるようするかも大切になります。何とか、面白いと思えるようにしたいものです。そういう意味では、無風では無理にしても、軽風でそこそこ走って、強風にも強い安定性を持つヨットというのが、セーリングにおいては理想的ですね。という事は、軽いヨット、安定性の高いヨット、そして強靭な船体を持つヨットという事になっていきます。

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