第六十話 時

生まれてこの方ずっと時間というものが過ぎてきたわけで、誰もが年齢を重ねていきます。その時は、どの時も同じように貴重なものであります。ですが、最も貴重な時というのは、常に今であります。この今という時から、敢えて申せばこの10年。

ヨット界は高齢化で、60歳代がヨット界の中心におられます。仕事引退して、子供達に対する責任も果たし、ようやく達しえた時期でもあります。

仕事を引退した後、のんびり過ごしたいという方は多い。しかし、のんびりしてもたいした充実感は味わえないのではないでしょうか?のんびりだけではすぐに退屈してしまいます。そこで、この10年という時に、何かをしよう。充実させよう。好きな事するんですから、行動する事が充実感を与えてくれるのではないでしょうか?

仕事の合間にヨットをやってきました。それはそれで面白かったと思います。仕事していたからこそ、のんびりでも良かった。宴会でも良かった。たまのクルージングでも良かった。しかし、引退後はチャンスでもあります。何かを極めようとかいうつもりでこの10年を過ごしてみるというのはいかがでしょうか?実際、極められるかどうかは別としても、そういう意識で行動する事が、のんびりとは違う何かをもたらしてくれるのではないかと思います。

せっかく仕事引退したんだから、これからはのんびりと言われますが、これから10年のんびりなんて、できません。できるのは呆けた時ぐらいでしょう。でも、本当に呆けてしまったら、そののんびりさえ味わう事はできません。ですから、この10年何らかの行動はするわけです。のんびりなんて言いながら、何か面白さを感じたい、充実感を味わいたいはずです。それは仕事している時の充実感とは違うものです。それは何の義務でも無く、利害も無い、自由から生まれる行動ですから、充実感は違うものです。

そこで、これからの10年、どう過ごすかの計画を考えてはどうでしょうか?何も仕事のようにきっちりする必要は無く、何かの目標を立てて、そこを目指しながら、のんびりする時も混ぜながら、でも、その目標を目指す。そこに充実感が生まれてくるのでは無いでしょうか? 若い時だから貴重な時間で、充実した云々なんてのは、若く無くたって同じかと思います。同じ時ですから。

望む方は、10年計画で日本一周でも良い。最初は近場から初めて、徐々に広げていく。福岡にそういう方がおられました、仕事現役の時は殆ど湾内止まり。でも、引退してからは、九州を回ったり、いろいろされて、日本一周もされ、その後は、年に数回のクルージングと日常のセーリングを楽しまれていました。年数回のクルージングと言っても、一旦出れば少なくとも数週間は帰られない。

或いは、これがお勧めなんですが、いつも言うセーリングを、この際、極めてやろうか?というような気持ちを持つ。全神経を集中して、セーリングをしてみる。極められるかどうかなんてことは問題じゃないわけで、そういう意識を持つ事によって解る何かが出てくる。年を取っても、新しい何かを発見したりする事は面白いと思います。体力が衰えるのは仕方ない。それなら、うまくなって、その技術でカバーするようなセーリングとか。

うまい人は無理なく、簡単そうにセーリングをします。それも無駄が無いから、滑らかだし、しかもあまり力を使っていない。うまいというのは、人よりも速く走れる技術があるという事もありますが、それとは別に、滑らかさの追求というのもあります。動きはスムースになる。最低限の動きで、最大限の効果を発揮する。力任せのセーリングでは無く、熟練さを磨く。

もはや、より大きなヨットで見栄をはる必要も感じないし、自分に合ったヨットで、技術を高め、より滑らかなセーリングを目指す。そういうのも良いかなと思います。それで、この10年に、セーリングの質を高めてやろうとする目標はいかがでしょうか?

若い時は腹いっぱいたくさん食べたかった。でも、今は良い物を少し頂く方が良い。その良い物を求めて、質を問うセーリングへと変わる。今とこの10年をいかに?

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