第十九話 防衛本能

当然ながら、誰にでも防衛本能というものがあります。これは、危険から身を守るという直接的なものもありますが、事前に備えるという事もあります。この備えるというのは、通常は予想される危険に備えるという事になりますが、これを広く解釈すると、予想される不便、不具合、不都合、そういう事にも備えるという事をします。

例えば、10年くらい前ですが、60フィートのヨットでシングルハンドを可能にしたヨットがありました。当然ながら、電動/油圧で殆ど全てが動くように造られていました。それを知った方々、殆どの方が、壊れた時はどうするんだという質問が出るわけです。当然であります。まさかの時に備える思考が自然に働きます。

これと同じ思考が、いろんな処でも発揮されます。それが、何でもついていた方が良いという方向になります。温水はあった方が良い、冷蔵庫もあった方が良い、コンロも、電子レンジも、テレビも、ステレオも、何でもあった方が良い。キャビンは大勢集まった時の事を考えれば広い方が良い。
メインセールもファーラーの方が良い、電動ウィンチもあった方が良い。何でもあった方が良い。

いろんな状況を考えますと、それぞれに対応できるように、いろんな物が必要と思えてきます。危険に対応する防衛本能とはちょっと違うように思えるかもしれませんが、根っこの部分は同じではないかと思います。夏の暑さに、冬の寒さに、雨に、風に、波に対応します。もちろん、全部に対応できるものでは無いですが、できるだけしようと思います。

これはこれで正しい反応かとは思いますが、別な面から見ますと、自分自身をがんじがらめに縛ってしまう事になりかねません。物がたくさんありますから、その分、メインテナンスも必要になります。キャビンもでかくなって、気軽には出せなくなる。シングルも難しい。いろんな面に備えるつもりが、逆に、いろんな事を抱え込んでしまったり、失うものがあったりします。ですから、また、それでも、簡単に出せるようにと、ジョイスティックによる新しい装置を追加したりします。こうやってどんどん追加を重ねて行きます。

備える事は悪い事では無いし、良い事ですが、何事も過ぎるのはどうでしょうか?本当に必要なのか?役に立つのか?無駄では無いか?逆に失われるものは無いか? そういう逆の発想も必要ではないかと思います。必要な物は必要です。しかし、無くて良い物は、邪魔にならないでも、無い方が良い。

失われるものは、気軽さ、帆走性能、あまりに便利にしますと、面白さも失うかもしれません。そこがちょっと気になります。ですから、できるものなら、シンプル化して、他の方法で簡単に対応できるなら、その方が気楽です。

ガスコンロ+オーブンというのがありますが、これはだいたい最初からついてきますが、多くの場合で、これを使わずに、ポータブルのコンロを使う方も多いです。また、冷蔵庫を使わずに、コクピットにアイスボックスを置いておく人も居ます。温水シャワーがあっても、使った事が無い。でっかいキャビンに滅多に泊まらない。そういう事も多いんです。
メインファーラーにしたのに、エンジンばかりという方もおられる。それどころか、滅多にヨットに乗られないという方もおられます。たくさんの装備がありますと、覚えるだけでも大変になり、しょっちゅう使っていないと、すぐに忘れたりもします。

これでは面白くないので、もっと気軽に使えるようにしてはどうでしょうか?備えるのも良いが、程々にしてはどうかと思います。前に書きましたが、コクピットはメインサロン。こういう事を書きました。キャビンで過ごすより、コクピットの方が気持ちが良いので、ここで、食事したり、飲んだり。
でも、人は、雨が降ったらと考えます。それで、コクピットを囲んでしまったら、コクピットの意味が無い。それで、やっぱりキャビンでと考えるかもしれません。でも、そうなるとでかいキャビンも欲しくなる。すると、気軽さが失われ、帆走性能が失われる。それで、結論は、雨が降ったら、やめておけば良い。簡単な話です。それができれば、ヨットは非常に身近になって、気楽に、いろんな事ができるようになる。無い方が、より多く楽しめる事も多い。

デイセーラーはそういうヨットです。何でもかんでもから、え〜い、そんなもんは面倒だ、捨ててしまえ。しかし、このヨットのエッセンスだけは捨てません。それが目的ですから。何かを捨てたら、違うなにかを得る。何かを得たら、違う何かを捨てる。そういう事になっています。ですから、何を得て、何を捨てるか、これは考えた方が良いのではないでしょうか?

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