第九十八話 一冊の本

この世に生まれた時に、一冊の本を買ったとします。その本には、自分の一生の事が書いてある。毎日、毎日、1ページづつ読みます。最後まで読んだ時が終わりです。

こういう時、その内容は決まっているのか、書き換えられるのかとすぐにきますが、そんな事は誰にも解らない。1ページ読む事に、次ページ以降は変わっているいるかもしれないし、変わっていないかもしれない。誰にも解りません。こんなバカバカしい事をちょっと真面目に考えてみます。

一冊の本、そこに自分の一生があります。本とイメージすると、客観的な見方もイメージできる。 ただの、厚みのある本です。一日1ページ、一年で365ページ、80年だとしたら、29、200ページに及びます。そこに何が書いてあるか、楽しみでもあるし、恐ろしくもある。でも、本として見たら、小説を読むように、面白く感じれるかもしれない。

退屈なストーリーは誰でも読みたくはありません。でも、あまりにも波乱万丈は面白いが、自分の事だとしたら怖い。でも、多分、どんなストーリーにするかは、毎日1ページ読んで、その時の選択次第だろうと思います。その選択を自分でするわけですから、選択した時点で、おだやかなストーリーなのか、波乱万丈になるかは決まってくるのではなかろうか?

自分の性格によって、あらかた選択は決まってくる。選択には、性格が影響を与えます。そう考えますと、その本の内容はある程度は決まっているとも言える。自分の価値観に寄る事になり、でも、細かい出来事まではきまっていないはずです。性格から来る選択は、具体的に何が起こるかまで決めるわけじゃない。という事は、書き換え可能という事になります。でも、書き換え可能だけれど、性格が変わらない限りは大まかには決まっているとも言える。

本をイメージする時、客観的な見方ができる。だから、どういうストーリーにしたいのかと考える事ができる。自分で、判断の原則を意識できる。そこにイメージの有効性があるかと思います。

そこで、やっぱりヨット。どんなヨットを、どんな風にして、どんなストーリーを書きたいのか? 今日、読めるのは1ページに過ぎませんが、1冊の本としてみれば、全体のストーリーをイメージできる。今日の出来事をどう解釈するかで、全体も変わるとするなら、逆に、全体のイメージを持ちながら、明日の1ページを見る事も必要かもしれない。

何とかして、ヨットを堪能する方法は無いか? 充実したヨットライフとは何か? 良いヨットとは何か? 面白いとはどういう事か? 何がしたいのか? そういう事を見出す方法は無いか? たかがヨット、遊びものですが、貴重なページ数を占めていますから、おろそかにはできません。 自分で選んだわけですし。

いろいろ考えてきましたが、たかがヨット、されどヨット、何でも具体的に、しかも真剣に考えた方が良さそうです。たかがヨットでも、たかが1ページとは思いませんし。それによってなにかが導き出される。やっぱり、真剣に遊んだ方が良さそうです。いい加減に遊ぶと、いい加減の結果しか得れないし。自分の本を読み終えた時、どんな感想を持つのだろうか?
もっと何々しておけば良かったとか、まあまあ、こんなもんだろうとか、やりたい事はやったとか?

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