第三十三話 上手い

セーリングに対して上手いとはどういう事でしょう? いろんな風に対して適切な操作ができる。言葉で言えば簡単ですが、今一曖昧さを感じます。それで、上手さを二つに分けてみます。

初めてコクピットに座って舵を握る時、ある程度の違和感はあると思います。初めての体験ですから、当然ではあります。そして、そこから、何度も乗っていくうちに慣れてきます。その慣れがどんどん進んでいきますと、違和感は払拭され、体のフィーリングとしてのフィット感なんかが生まれてくる。同時に、体だけでは無く、気持ち的にもフィット感が生まれてくる。どの程度の距離に何が配置されているかも体が解ります。これが上手さのひとつではないかと思います。体と気持ちのフィット感です。

当然ながら、ここに至るには技術面における基本的な事もある程度解ってきました。しかし、残されたもうひとつの上手さというのは、操作するも、調整するも、どのタイミングでどの程度の操作と調整をするかになると思います。これは非常に難しい。体のフィット感は、何度も乗る事によって経験を積み重ねますから、意識していようとしてまいと、人間は自然に違和感を排除し、フィット感が生まれてくると思いますが、この技術的な操作、調整は自分で考えて、試行錯誤をしていかなければ獲得できないものだと思います。

上手い人は最初のフィット感を持つ人、さらに上手い人は二番目の操作におけるより高い知識と技術を持った人と言える。ヨットは、最初のフィット感を持つだけでも楽しむ事ができます。だから、もっと気軽にヨットを楽しんで良い。しかし、技術的な事を追うと、勉強がもっと必要になり、多くの場合、既に乗れて楽しめる状態にあるわけですから、そこまで求める方は少ないかもしれません。

でも、より面白さを得たいならば、やはり先に進んだ方が良い。ある程度のフィット感を得て、そこから次のレベルに行こうとしますと、また、新たなフィット感が必要になる。そこでフィット感を得られるようになったら、そのまた次があります。そうやって、どんどん進んでいくものであり、面白さのレベルもその分変化していくと思います。各段階でフィット感を感じる。これをひとつの目安にしていけば、既に習得した事に対しては、何無くこなす事ができるようになっている。もはや難しい問題でも無くなっている。だから次へ進みます。

セーリングに限らず、クルージングにしても同じ様に、フィット感と、クルージングにおける技術が必要になり、やはり、旅をより満喫する為には、フィット感と技術が必要になる。ただ、セーリングとは違う種類にはなるでしょうが。

つまり、クルージングにしても、セーリングにしても、その行為を満喫して、より面白さを獲得する為には、上手くなった方が良いという事であります。自分が今居るレベルに安住しますと、そのうち面白さが失われていく。ですから、常に、面白さを獲得する為にも、上手くなるという事が必要ではないかと思います。

上手いから面白いというものもありますが、上手くなる過程の方がもっと面白いかと思います。何も急いで上手くなる必要があるわけでは無く、意識を求める処において、デイセーリングならセーリングに置いて遊ぶだけで良い。当然、頭も使います。それで、意識はセーリングにあるわけですが、同時に、自分が何を感じているか意識しておいた方が良いのではないかと思います。

実際の処、上手くなったから面白いというより、自分のレベルが解って、それから変化向上していくのが面白いのであって、自分のレベルでは無い高度な技術レベルがあって、それを今楽しむ事には無理があると思います。それで、プロじゃないアマチュアとしては、そんなのは今は必要無いし、永遠に必要ないかもしれません。今、フィット感があって、そこから少しレベルを上げていく。湧いてきた疑問を解く、それが今楽しめる面白さではなかろうか?

最も重要な事は自分の意識だと思います。自分が何を感じ、何を考えているか? それを意識しておくだけで、どうすべきかは解ってくるのではなかろうか?

上手さというのは、体と心のフィット感があって、そして技術的な面があります。楽しむには、前者が最低限必要で、それから面白さを獲得していく為に後者を求めていく事になるかと思います。

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