第三十一話 情熱




これまでいろんな造船所とコンタクトを取ってきました。その全ては中小規模の造船所です。大手とは一件も取引した事がありません。中小と言っても中規模ぐらいになると、それで年間建造艇数は多くても100艇前後。小規模になると20〜30、最も少ない処では一桁という造船所もありました。

建造艇数が多くなればなるほど、一艇一艇異なる仕様にはできなくなります。と言いますかしたがらない。それやると混乱を巻き起こしかねません。それでオプションについては決った範囲で指定オプション内という事になります。 それでも、少数建造になればなるほどオプションの数は多いし、場合によってはリストにない事でも受けてくれる事があります。まして、小規模になりますと、かなり聞いてくれます。もちろん、そのヨットの性能を左右する様な事では無く、取り回しの仕方とかですね。

彼らと付き合って感じる事は彼らが情熱をもって建造に当たっているという事です。時に、こちらの要求に反対意見を出して来る事もあります。でも、彼らもただ売れれば良いというより良いものを造りたいという情熱のなす処だろうと思います。建造にこれを使う予定だったが、もっと良い素材のものがあったのでそれを使いたいがどうか? とか聞かれた事もあります。契約通りにやれば何も問題は無いはずですが、それでもこういう話をしてくる事があります。そういう姿勢は、その都度オーナーにも理解と了解を得なければなりませんので、こちらとしては面倒くさい事もありますが、でも好きですねそういうの。


ある造船所、ただ儲ける事が目的ならたくさん造ってたくさん売る事だと言ってました。でも、そうじゃない。もちろん利益を無視なんかできないが、良いものを造りたいんだと言ってました。だから場合によっては納期が遅くなる事もある。でも、その言い訳をしてるわけじゃない。良いヨットを建造するという情熱が彼らのプライドなんだろうなと思います。

中小規模の造船所は何を強調していくかと言えば、質ですね。しかし、これは見えない処にあるので誰にでも理解して頂けるわけじゃない。だから、大抵は経験者がお客様であり、経験者はそれなりの意見をお持ちだし知識もある。それに応える事が必要になります。それにはやはり情熱が欠かせないんだろうと思います。ただ、その質をさらに上げるにはコストがかかる。そこが思案のしどころという事になるんでしょうね。

大量生産が悪いわけじゃない。普通はそれでも充分でしょう。販売する時も面倒くさくないし値段も安い。彼らが市場の多くを占めるのは当然です。何も問題はありません。それに対し、中小規模造船所は価格で勝てるわけが無い。だから質を求める。乗ればやっぱり違います。速い遅いとかの単純な違いでは無く、質が違う。それはフィーリングが違う。たかがフィーリングではありますが、それを重視するかしないか?


ヨットは速ければ良いってもんじゃないと以前に書きましたが、安けりゃ良いってもんでも無い。もちろん、速いのは良いし、安いのも良い。そんな事言ってるからたくさんは売れないんですね。

ところが、そんな造船所もオーナーが会社ごと売却してしまうケースがあります。欧米では決して珍しい事ではありません。そして、オーナーが変わると方針が変わってしまう事もあります。そこには良い処もあれば悪い処もある。それはこっちにとっての評価ではありますが。まあ、そんなこんなして関係を気づきながら長く付き合っていく。どうしようもないと判断した時はこっちからおさらばです。でも、そういう事はそうそうあるもんじゃない。何故なら、やはり彼らは情熱をもってやってるからです。多少の意見も違うし、欧米と日本との認識の違いもありますから、そこを理解しながらやってます。少なからずこっちだって情熱を持ってやってますから。

もちろんオーナー側にも情熱があっての事。その情熱を絶やさないで続けて欲しいとかねがね思っています。その為には楽しさだけでは無くどこかに面白さを追求していくことではないかと思うのですが、如何でしょうか? 面白さとは進化する事ではないかと思います。


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