第四十三話 意識改革

たいそうなタイトルで申し訳無いんですが、ヨットをどうこう言う前に、意識を変えていかなければ
と最近思っています。ハードとソフト、どんなにハードが良くても、ソフトがなければなりません。
コンピューターがどんなに能力が優れていようと、基本のソフト、ウィンドウズだけでは充分に
能力を発揮できない。今のヨットは丁度これと同じように、ソフトが無い。

昔、10数年以上前に、英国の造船所からこう言われた事があります。”これから日本にヨットを
広げて、定着させていくには、ヨットというハードだけ売っていたのではいけない。それに伴うソフト
も一緒に広げていかないといけません”。その時は、ふ〜んと言う程度にしか聞いていませんで
したが、今、その意味が解ってきました。パソコンにはウィンドウズの他、エクセルやワード、そう
いった様々なソフトがあります。それらが無ければたいした物もたいした物では無くなる。そういう
いろんなソフトを広げていくのが、我々業者の仕事でしょう。そういう事を長い間怠ってきた。ある
のはレースとクルージング、この二つです。でも、どのようにレースをするか、どのようにクルージ
ングをするか、そういう部分が不足しています。

私はクルージング派ですので、レースはさておき、どんな風にクルージングできるかを考えます。
クルージングにもいろいろあって、外洋に出る、島を巡る、日本一周などのコースタル、どこかに
行って現地を楽しむ、別荘にする。いろんな乗り方があります。いろんな業者がいろんなソフトを
提供しているとは思いますが、その中で、私は、前々から申し上げ、また自分でも最も好きな乗り
方、そういうのを薦めていきたいと思います。それはセーリングそのものを楽しむスポーツセーリン
グです。外洋に行く方は、既にそういう知識も意識も持ち合わせておられるので、それで良いので
すが、それ以外の方々、初心者の方々に、セーリングをもっともっと重視しましょうという話になり
ます。

ヨット未経験者には、一緒に乗って覚えていただきました。今では何人も一人で乗られています。
でも、行きつく先は皆さんどこか遠くにいつかは行きたいという方々ばかりです。それも結構ですが
やはり、もう一度初心者の頃にかえって、セーリングを見直そうという事を推奨します。

それにはセーリングの魅力について書かなければなりません。それはとても難しく、感覚を分ける
というのは未経験者には想像もできない。でも、何とかしたいのです。どんなヨットを購入しようか
と考える前に、どん風に楽しんだら良いか。これがとても大切な事です。

昔、あるひとつのヨットにしょっちゅう乗っていた事があります。それもいわゆるスポーツセーリング
です。ただひたすらより速く走る事を目指しました。たった1艇だけでです。レースでも何でもあり
ません。タッキング時のジェノアの返しと舵とのタイミングや、最初はうまくスムースには行かなか
ったものが、徐々に慣れ、良いコンビネーションになってきたり、へたなりにセールのトリミングをし、
それによってセールの形はきれいになったり、もちろんスピードも上がってきます。ブローが入って
大きくヒールして、それを修正する為に舵を切り、そうしていたのが、ブローが来るタイミングでシート
を出して同じヒール角度を保つようになり、舵の抵抗も少なく、スピードも上がる。決して、うまいわけ
でも何でもないんですが、少しづつ上達しているのが解りました。そういうのがとても面白いのです。
しょっちゅう乗っていましたから、そのヨットの事が頭で解るというより、感覚的に解ってもきました。
自分達で船底塗装もして、整備もして、自分達で走らせてきました。それでも、うまくは無いのでしょ
うが、感覚的に感じられるようにはなってきたと思います。風が無い日はのんびりしていましたが、
風がそこそこある日には、真剣に走りました。すると偶然にトリミングが合い、良い風とも合い、実に
これまでに無い素晴らしい走りをする事がありました。わずかのスピードの上昇かもしれませんが、
それでもしびれるような感覚がありました。無心で、ただひたすら走らせる。ここに素晴らしい感覚が
感じられました。それで、これを目指してまた出したいと思うようになる。慣れる従って、そういう回数
も増えてきました。しょっちゅうではありませんが、たまにです。いや〜、今日は良い走りだった。
そんな感想が出てきます。風向風速計やスピード計もありましたので、何ノットでどのくらいのスピー
ドが出たかいつも見ていましたし、それが以前とどう変わっていくのかも目に見えてわかる。決して、
良い事ばかりではありませんでした。途中、大雨と雷が轟いて、怖いやら、目の前は殆ど見えなくな
ったり、そういう事もあった。あまり熱中して、軽い座礁もありました。この時、鉛キールの先端が
わずかに傷が入ったいたのですが、次に乗った時、そのほんのわずかな”何か変”というのも感じら
れました。

つまり、より良く走る為に、より良いコンディションを心がけていましたので、そのヨットの最高のコンデ
ィションを感じとっていたのだと思います。こういう良い循環があったのだと思います。こういう経験を
してからは、遠くに行きたいとも思わなくなりましたし、どうせ行ってもエンジンに頼る事が多く、最初
の数時間以外はたいして面白いわけでもなかった。遠出をすれば必ず時化にも合い、多少つらい思い
もする事になる。それより、近場で良い走りを楽しみたいと思います。遠方に行く時は割りきって、エン
ジンを使う。近場でのセーリングは大きいより、ちょっと小さいぐらいの方が面白いし、遠出は大きい方
が良い。そう思います。

それからは、いつでも、思った時に出せるシングルハンドが良いと考えましたし、シングルなら、誰が
きても、来なくても、いつでも楽しめる。シングルハンドで、どうしたら楽に良い走りができるか、それが
テーマでした。シングルでできるようになれば、二人でも三人でもできるのですから、万能な乗り方です。
セーリングを優先し、キャビンも必要以上にでかくなくても良い。それでも充分寝る事も泊まる事もできる。
清水も電動では無くて、フットポンプで良い。すぐに使えるんですから。スイッチなんか要りません。

考えてみれば、セーリングをするようになってからの方が、ヨットで食事をしたりはしょっちゅうになったし、
泊まりもした。皆でパーティーもしたし、セーリング以外の楽しみ方も変わってきた。結局、セーリングが
本当に楽しくなると、ヨットに関わるいろんな事をも楽しくなってくる。そう思います。もちろん、出さないで、
コーヒー飲んで帰る事もある。それでも楽しめるようになる。今度乗る時はどうしようとか、艤装はこうした
方が使いやすいんじゃないかと考えたり、とにかく充実していました。レースで無くても、より速く、滑らかに
走りたい。そう思っています。こういう感覚を是非多くの方々に味わって頂きたい。何年もかかりません。
ワンシーズンでも、真剣に走れば、それだけで変化を感じる事が充分できます。そういう意識を持てば、
それに応じて感覚が、そういうモードに自動的にシフトされる。誰でもです。そうしたら、自分の上達もすぐに
感じられるようになるし、それに伴ってセーリングそのものが変化してくる。このヨットならではの醍醐味に
是非、トライして下さい。はまります。プロセスが楽しめるようになるし、微妙な変化も楽しめる。

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