第五十二話 初心者の頃

セールを上げて気持ち良く走る。初心者の頃、今でもたいして変わりませんが
今よりもっと初心者の頃、できるだけ上って、セールをつめて、面白くてたまら
なかった。上れるぎりぎりで上って、ブローが入るとヨットは風上に切りあがろう
としますから、舵で抑えていた。ある時、風がどんどん強くなり、それを必死で
舵で抑えていた。それでもおさえきれなくなるくらい風が強くなる。

ある日、舵を切っているという事は水流が大きな抵抗となっていると言われ、言
われてみればその通り、それでセールを逃がす事を知った。そんなことさえ知ら
なかった。いや、理屈では知っていたが、そうしなかった。今度はブローが入る
とそれに合わせて、シートを緩める。舵にも全く負担がかからなかった。ヒール
角度を一定に保ち、できるだけ舵は真っ直ぐ、水流の抵抗ができるだけかから
無いように、ブローが先の水面のざわめきで解り、それに合わせながら、走った。
ブローに合わせて、シートを出し、過ぎれば、また引いた。その間、ヨットは一定
の角度を保ち、よりスムースさを感じれるようになった。

トップリグのヨットでジェノアは150%と大きく、小さなメインだった。メインシートを
少々緩めても、たいした影響はなかったが、大きなジェノアを少し緩めただけで、
ヨットは大きなヒールからス−っと立ち上がった。ジェノアのシートウィンチは全く
手が届かない。メインシートはまた遥か向こう側にある。クルー無しでは動かせな
い。シートを引く、出す、そういう動きが船体に反応し、そういう事が面白かった。
それによってスピード計の数値は上がり、その滑らかさが面白かった。タックや
ジャイブのもたつきも、だんだんスムースになってくる。先のブイを回る。レース
でも無いのに、よりスムースな動きとコンビネーションの良さを目指し、自由自在
に走れるようになる事を目指す。オートパイロットもあったが、殆ど使う事はなかっ
た。何しろ、自分で舵持っている方が面白かったからです。抵抗を感じ、セール
トリミングの違いでも舵に抵抗の変化が感じられた。シートを出入れで、それが動く
ヨットも動きを変える。そういう事が面白かったので、オートパイロットにやらせる
なんてもったいなくて。

この頃は自分でも気がつかないくらいに、ヨットの感覚を体が覚えていた。ほんの
わずかな振動や動きの違いが、原因は何かわからないとして、何か変だと感じら
れた。案の定、上架してみるとキールボトムにわずかな傷があった事がある。

ある日、島に渡って、飯を食いに行った事がある。言わずと知れたこと、エンジンが
殆どだった。島に上陸した時はちょっと新鮮な気持ちもあったが、たいして面白いと
言うほどでは無く、これもひとつかと思ったが、自分からまた行きたいとは思わな
かった。エンジン駆けて走ってる最中は、どちらかというと退屈だった。仲間との話
で盛り上がる事もあるが、それ以上では無い。セーリング中は話は少なくなるが、
それぞれが集中していたし、何か変化があったら自然と顔を見合わせたり、変化
が面白かった。それにちょっとロングだと、必ずといって、時化る時がある。こんな
時は楽しくは無い。エンジンとセール、寒かったり、雨降っていたり、早く着かんか
なとだけ考えていた。

あれも、これもヨットの一部なのだろうが、私にはあの快適セーリングの方が良い。
時化は嫌だし、エンジンで走るのもただの移動でしか無い。それより、自由自在に
手足の如く操船できて、その変化を感じられる方が面白い。今度はこうしよう、ああ
しよう、その為にはここにブロック付けて、こうリードして、こうしようとか、そしてそれ
を試してみる。そういう繰り返しが面白かった。どれも乗りこなすには程遠い状態
ではあるが、自分が少しづつ解っていく、それが感じられるのが面白かった。仲間
とああでもない、こうでも無いというのが面白かった。

レースでクルーの一人として出る事になった。メインシートをただひたすら引き、出す
今自分が乗ってるヨットがどこをどう走っているのかさえ解らなかった。時折ちらっと
他の艇が目に飛び込んでくる。私にとってはエキサイティングではなかった。でも、
ダブルハンドで出た時は違った。たった二人で勝てるわけも無いが、それでも自分
達が主役である事は感じられた。しかし、それも勝か負けるかなので、そのうち
勝てないのが解ってくると、最初の頃程はエキサイティングでもなくなった。御祭と
して参加する程度、でも時折エキサイティングなシーンに出くわす事もある。でも、
それは相手より速い時、ヨットが違い、相手が違えば当たり前のこと。ワンデザイン
なら最も面白いレースになるのだろう。

それで1日3時間から4時間ぐらいが殆どになっていった。その時々で、よりスムース
な走りを目指し、ただそれだけだった。でも、それが最高に面白かった。誰かに教わっ
ては試す。

ある時、あるヨットに誘われクルーとして乗せて頂いた。これまで乗ってきたヨットとは
全く違う。ちょっとしたブローにひょいと大きくヒールするし、その度ごとにセールを出す。
ヨットによってこんなに違うのかと思った。真っ直ぐ走ってくれないヨットもあった。ちょっと
した波でバタンバタン波に叩くヨットもあった。横流れが大きく、何十回タックしても、
全く進んでいない時もあった。走る度にギイギイ内装の音がする。バルクヘッドが動く
デッキとハルの接合部から水漏れする。かと思うと、とにかく安心させらるヨットもあった。

ある時、キールの前後に2cmぐらいの船体との隙間ができていたヨットもある。前後の
ワイヤーのステイが船体を持ち上げ、船体が曲がっている。浸入した水が船底であばれ、
拭いても拭いても、どこからか水が出てくる。船体がねじれて、良く見るとバルクヘッドが
浮いている。そういうヨットもあった。

私は決してうまいわけじゃない。でも、セーリングが好きだし、セーリング自体を遊べる。
そういう体験をしてきた。それで充分、どうやったら自分が楽しいかを知っている。だから、
遠くには行きたいとは思わないし、島に渡りたいとも思わない。でも、自分で磨いて、メイン
テナンスして、そういう知識を得て、そして学び走るのが面白い。後はさほど気にしない。

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