第六十七話 夢中になれるもの

何が面白いかって、リラックスしたり、のんびりしたりも必要だけれども、最も面白い
と感じるのは、何かに夢中になっている時でしょう。端から見ていると大変そうに見え
ても、本人は楽しくてしょうがない。引退したら、のんびりなんて言いますが、毎日毎
日、のんびりばかりでも飽きてくるものです。人は何かをしたいものだし、何かに夢中
になっている時が最も面白いのです。それが多少肉体的にきついものでも、夢中に
なれる何かがある事の方が幸福なのです。

人によって何に夢中になるかは千差万別です。静的なもの、動的なもの、何でも良い
夢中になる事の中に自分らしさが見出せる。趣味はそれで何かを得ようという行為
とは違うので、無条件にそのプロセスが楽しめる。栄誉や勝利を得たとしても、それが
時間ととも感激は薄れてくる。でも、夢中になったものからプロセスの経験を通じて経験
したものは、その感覚は決して薄れてくるものでは無い。いつでも思い出せるものです。

仕事をすると必ず成果が求められる。プロセスがどうであったとして、成果無くしては成立
しない。でも、成果を求める必要が無いものは純粋にプロセスを楽しめる。その時、リラッ
クスしているものです。そして、得たプロセスの感覚は決して薄れる事は無い。ヨットレース
で優勝すればうれしいものです。でも、結果に固執すれば、その優勝は翌週にはもう過去
となる。でも、結果を求めないプロセスを楽しむ行為には、そこから得られる感覚は翌年
であってもクリアーに思い出される。

ヨットの舵を握って、操船する感覚、それに加えて、風の方向や強さに合わせて、シートを
出し入れする。それによってヨットがどう動くか、それを感じ取る感覚は、なんとも言えない
滑らかさをかんじさせてくれます。一切の動力を用いずに、ヨットが滑り、それを自分自身
がコントロールしているのですから、そして、時には思いもかけず、ピタッと調和する事が
たまにある。スポーツでも音楽でも、息が合うという時と同じでしょう。ヨットと自分と自然が
ピタッ合う。これがヨットの最高の醍醐味ではないかと思います。だからと言って、何らかの
成果があるわけでも無い。だから良いのです。

この感覚を味わって頂きたいと思うのです。それには、セーリングに意識を集中する事が
必要です。何度も何度も乗らなければならないかもしれない。でも、いつか必ずやってくる。
うまい、へたでも無いのです。最高の自分と最高のヨット、そして、たまたまそれに自然が
合うかという事でしょう。うまい人はうまいなりに、へたはへたなりでもやってくると思います。
セーリングに夢中になっていると必ずやってくる。今日は良いセーリングをしたなという感覚
が残ります。それで充分ではないでしょうか。一度味わうと、もう一度と思う。もっと良いセー
リングをしようと思う。その為にはヨットを整備して、ヨットをもっと知る必要がある。自分に
合うヨットはどんなのが良いのかと考える。どんな艤装の仕方をする方が良いかとも考える。
それで、またセーリングすると、うまくいく場合もあればそうでない事もある。でも、部分を見れ
ばそうかもしれませんが、トータルでみると確実にレベルアップしています。そうやって自分の
スタイルが出来上がっていく。決して、大変な事をするのでは無く、楽しいプロセスなのです。
きっとヨットやって良かったと思うでしょう。ヨットには和気あいあいと乗る楽しいセーリングから
息を呑むような充実感を感じるようなセーリングまであります。そして誰でも、その気になりさえ
すれば感じられるようになる。そうしたらヨットを見る目も肥えてくるでしょう。

人が求めるものは究極的には、良い気分、でしょう。お金を稼ぐのもこの為です。良い気分を
得たいからです。その良い気分を成果に求めると、一時的であり、際限無く続くものですが、
プロセスにあるなら、永遠の感覚として残る。ヨットはプロセスを楽しむ物です。マリーナを出て
帰ってくるまでの間にどんな感覚が得られるか、良いセーリングをしようと思う事ではないでしょ
うか。

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