第四十四話 中年サーファー

先日、テレビで57歳からサーフィンを始めた方の話が出てました。定年を迎えるにあたって、何か熱中できる趣味がしたかったそうです。本当は奥さんが、趣味の無い旦那に、定年後の事を考えて勧めたそうですが、これまで何もした事が無いサラリーマンで仕事一辺倒だった方が、サーフィンに挑戦する。体力は無く、最初は5分もすれば息があがって、お話にならなかった。

ところが、意外や意外、60歳オーバーの方々が結構おられ、仲間もできて、励まされ、体を鍛えて
サーフィンに熱中されていきます。3ヶ月にして、初めてボードの上に立つ事ができた。その喜びたるや、これまでに味わった事の無い快感だったようです。波の上を走る、それもほんのわずかな時間、でも、最高の瞬間だったでしょう。子供のように夢中になり、練習して、体鍛えて、うまくなっていく。決して楽しているわけではありませんね。楽したいわけでは無く、うまくなりたいんです。上達する感覚を味わいたいから、多少しんどいのも何て事は無いわけです。遊びは夢中になる事ですね。

サーフィンは考えてみれば、シングルハンドです。キャビンもトイレも無い。波に乗る感覚を味わいたい。ただそれだけです。ヨットとなりますと、キャビンがある。キャビンがあるので、セーリングを忘れてしまう。キャビンがあるので、より広い空間がほしくなる。広い空間があると、そこを何かで埋めたくなります。ソファー、ベッド、トイレ、ギャレー等々、それらが埋まると、充実した装備がほしくなる。冷蔵庫、温水、電子レンジ、オーブン等々、それらが装備されると、今度はエアコンです。エアコンを設置する為に発電機が要る。それなら相当なサイズが必要ですから、大きなヨットがほしくなる。大きくなると、セールを上げるのも大変ですから、電動ウィンチがほしくなります。これで完璧になりました。いやいや、もうひとつメインファーラーというのがあった。これで完璧です。でも、何故か、夢中にはなれない。セーリングからどんどん離れていきます。エアコンの入ったキャビン空間の中で、じっと座っている。

これら装備を設置する事は悪い事では無いのですが、セーリングから気持ちが離れていく所に問題がある。装備や空間には夢中にはなれない。何故なら、自分のアクションが無いからです。人が夢中になるには、アクションがあって、リアクションが返ってきて、それを味わう。これの繰り返しですから、装備は良いが、これらは決してオーナーを夢中にはさせてくれません。ヨットを遊ぶなら、セーリングに夢中になるしか無い。どんなに装備を増やそうが、サイズを大きくしようが、ヨット遊びのコツはセーリングにある。これをお忘れ無きよう。

何も無いサーファーは夢中で遊んでる。何でもついてるヨットが夢中になれないとしたら、これはちょっと考え直す必要があるんじゃないかと思います。何も無いのも寂しいかもしれませんが、何でもあるのも決して良いとは言えません。あれば何も考えないが、無ければ、何とか工夫しようと考える。その工夫が面白いとも言えます。

何でもついてるでかいヨット、これはロング向きです。何も無いけど、セーリングが面白いヨット、これはデイセーラー向きです。ロングは船旅を楽しみ、デイセーリングはセーリングを楽しむ。この両方を望みたいと思うのが人情ですが、どちらに重きを置くかを、どれだけ時間が取れるかと相談して下さい。この妥協案が30フィート前後から40フィート前後ぐらいになるのでしょうが、それにクルーの数とメインテナンスを含めた運営面を考慮していくと、だいたいのサイズが決まってくる。
いずれにしろ夢中になれる事、これに勝る遊びは無いと思いますね。夢中になれる事とは、何かを能動的に行う事、行動するところにありますから、空間を意識して、そこに浸る事では遊びにはならないし、夢中にもなれない。どうも消化不良をおこしそうです。

ギャレーを充実させて、料理に凝る。これは行動ですから夢中にもなれる。キャビンで寝泊りして快適な別荘生活を演出する。これも夢中になれるかもしれません。いずれにしろ、行動を演出する事が必要です。どんな行動を演出するか、それがポイントになるでしょう。そのポイント以外はどうでも良いというわけではありませんが、ポイントは何か、をきちんと抑えておかないと、全体がぼやけてしまって、どういう使い方をするか、解らなくなってしまいます。

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