第六十一話 暴言

販売促進する為にファミリークルージングなんて言葉を使って、家族団欒の和気あいあいとしたクルージングを思わせる。購入する側も、広いキャビンを目の当たりにして、容易にそういう想像ができる。しかし、そんなものは幻想に過ぎない。実際は子供は親について来ないし、奥さんだって、日焼けを嫌い、それに彼女にも自分の世界がある。余程の事が無い限り、ファミリーが皆クルージングを愛している事は無い。あっても、年に1回程度が関の山である。

仲間と集って、日常的にセーリングを楽しむという事も無いわけじゃないが、これもそう多くは無い。みんながレースが好きで、集団でやるなら話は別だが、レース無しで、クルージングしている集団というのはかなり稀ではないかと思う。集団でひとつのヨットでクルージングする。乗った経験の無い方々が、是非乗りたいという場合は別だが、集団でひとつのヨットでクルージングすると、世間話に花が咲く。集団で居ながら無言なのは気味が悪いからだ。世間話に花が咲くとセーリングは疎かになる。初体験の方々はそれでも良い。でも、回数を重ねるごとに、その興味は薄れてくる。
集団が固定している場合でも同じ。最初の興奮はもはやあり得ない。それで、今度は遠くへ行きましょうという話になってくる。或いは、レースに参加しようという話になる。これでレースに参加して、練習するのが日常になれば、それはそれでおおいに結構な事です。でも、たいていはそうはならない。

それでは遠くに行こうという話になる。それも結構。でも、これも集団が同時に、長期休暇が取れないと難しい。だから、これも年に1度くらいになるだろう。そして、日常は相変わらず世間話に花が咲く。花が咲けば良い方だが、そのうち花も咲かなくなるだろう。何故なら、変化が無いからだ。毎回毎回、違うメンバーなら、それも興味があるかもしれないが、いつも同じメンバーなら、話が弾むにも限りがある。或いは、世間話に毎回毎回花が咲いて、それが楽しみならそれも良い。ところが、セーリングに集中しようと思うと、皆が、同じようにセーリングに集中したいという気持ちが無いといけない。集中すると無言になる。無言を心地良いと感じるか、何も感じないかぐらいでないと、静けさが気味悪く、誰かが話を始めると、そこからまた世間話が始まる。
たまにこうなら、それも良い。でも、毎回こうなら、誰もエキサイティングだとは思わなくなる。

欧米人にとって、集団で乗るヨットは、世間話でも良い。彼らは、それが楽しいんだから。でも日本人は違う。世間話が嫌いなわけでは無いが、何かをするという事に意義を持つのが日本人ではないかと思う。何もしないではいられない。何かをする為に動くと言っても良い。ヨットに乗るなら、何か楽しいものを望む。ただの世間話では満足できないのです。かと言って、セーリングに集中する為に、無言では気味が悪い。だからついつい話をする。余程、気のあった、同じ目的を持つ集団とならなければ、難しい。或いは、毎回新人を入れるかです。

こう考えると、ヨットはかなりパーソナルな物です。集団によるレース、集団による遠出、それ以外はかなり個人的なものです。ヨットをエキサイティングに楽しむ最も近道は、シングルハンドという事になる。シングルなら無口になる。無口になると、自然にセーリングに集中する。そうすると、いろんな変化が感じられる。変化を感じると、自分の操作との関連も知りたくなる。そうやって、エキサイトな感覚、ドライブ感が生まれる。これが面白いという出発点です。

昔、ダブルハンドでよく乗った事があります。その時は、風が無い時以外、世間話をする事は無かった。二人とも、セーリングしたかったからです。実に面白かったですね。今でも鮮明に覚えています。集団でも、もちろん同じ事ができる。でも、人が多ければ多い程、それは難しくなる。それが最も簡単なのが、シングルなのです。ヨットを楽しむには、ヨットはパーソナルな物と確認して頂きたい。それ以外は、ヨットを楽しむというより、遊覧となる。遊覧は遊覧のように、セーリングの時はセーリングを楽しむという切り替えが必要なのではないかと思います。恐らく、多くの方々が今一ヨットを心から面白がってはおられないのではないかと感じてます。

大事な事はレースに参加する、遠くに行く、というイベント的な時より、日常のヨットの使い方をいかに面白くするかではないかと思います。イベントは楽しいんです。でも、日常では無いからイベントです。イベントは年に数回だからイベントです。日常は普通の出来事です。普通が面白いに変化させる事が大事だと思います。それがヨットを最大限に楽しむ方法です。私なら、日常シングルでデイセーリングを堪能し、たまのイベントには皆で遊ぶ。遠くに一人で行きたいとは思わないので仲間を誘う。家族が来たら、遊覧してあげる。初心者がきたら世間話とちょっとエンターテインメントで舵を持たせてあげる。でも、日常はまたシングルのデイセーリングに戻りますそれで、ヨットはシングルし易いヨットにする。それでも、ゲストが来ても大丈夫だし、キャンプ気分と思えば寝泊りだってできる。

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