第三話 強烈な個性を乗りこなす

個性が強いというのは、オールマイティーで何でも平均的にこなすとは対照的な位置にある。何でもこなすというわけにはいかないが、ここ一点なら得意という特徴を持つ。平均的というのは無難ではある。しかし、無難というのは面白味には欠ける。悪くは無いが、いまひとつピリッと辛い何かがほしい。遊びにはそういう要素があった方が本当は面白い。

ヨットという遊び物、何もヨットだけが遊びじゃあない。夜の街に繰り出す事もあるだろう。ゴルフに行く事だってある。休暇に温泉に行ったり、旅行に行ったり、映画だっていく、野球観戦、サッカー観戦、ボクシングもある。世の中、いろんな事があって、それぞれに面白い。ヨットはその中のひとつ。そのひとつのヨットをヨットらしく、最も強烈な個性を、エッセンスを面白がる方法もある。何もキャビンがついてるから泊まらないといけないわけじゃあない。温水がでるからといってシャワーを浴びなければならないわけじゃない。ヨットの個性はどこにあるか。

セーリングという行為はヨット以外ではできない。キャビンは家にもある。セーリングだけはどうしてもヨットでなければならない。それじゃあ、徹底的にセーリングを遊んでみてはどうだろうか。どうせなら、そういう個性を持ったヨットで遊んでみたらどうか。だいたいキャビンという物はセーリング自体を阻害するものである。それがあるせいで、風圧面積は高くなるし、重心も高くなる。しかし、ディンギーじゃ無いんだから、多少はほしい。それじゃあ、必要最低限にしてしまおう。それで得られるメリットは重心の低さ、これは大いにセーリングのメリットとなる。車でもそうだが、重心が低いというのは走る物にとっては大いに役立つ。重心が低ければ、それだけセールをより大きくできる。という事はより走るという事になる。或いは、より強風には強いという事になる。おまけに、キャビンを無理して高くしなければ、姿形の美しさが得られる。これは遊びには大きなポイントでもある。美しい物は誰でも好きなはず。

ヨットのサイズがいくらあろうが、人間のサイズは変わらない。つまり、人間のサイズを考慮して天井の高さを決める。それはヨットが美しいプロポーションを保つ為では無く、人間の大きさからきている。だからヨットのサイズがでかくないと美しくはできない。そんな事は無視して、美しさを追求してくと、一般的なヨットより天井は低くなった。でも、重心も低くなった。キャビンに入っても頭が天井につかえて真っ直ぐ立てない。ならば、入ったら座れば良い。ただそれだけ。

ノルディックフォークもアレリオンも天井は低い。でも、抜群の安定性がある。セーリングには重要な要素です。キャビンを無視するわけじゃないが、シンプルでも狭くても、それなりの使い方で、ちょっと使う、重要な要素では無い。それより、重要なのはセーリングにある。ライフラインが無い。これは必要としない。そういうヨットであるという事です。水面にベタッと張り付いたようなスタイル。これはまるでスポーツカーのそれと同じです。リグはフラクショナル。これも最近ではあまり見かける事が少なくなった大きなフラクショナルリグ。バックステーアジャスターでマストをベントし易い。レーサーじゃないが、シングルでセーリングを遊ぶには、そういう操作も当然あった方が良い。乗り回すのが目的なのですから。乗りこなすのが面白いんですから。

それにクラシックなデザインというのは、いつの時代にも美しさを感じさせてくれます。50年後だって、メインテナンスさえきちんとしていけば、古さを感じさせる事は無いし、むしろ使い込んだ美しささえ感じさせてくれる。

こういうのをマニアックと呼ぶ事もできる。しかし、セーリングを遊ぶという行為、それもシングルでも可能にする行為は、マニアックと呼ばれようが、そこに焦点を絞った時、最もその個性を堪能できる。こういう強烈な個性は、合わない人が持つと何の役ににも立たない。でも、セーリング自体を堪能したい、シングルでも乗りこなせるようにしたいという希望はマニアックでも何でも無く、純粋な基本的欲求だと思われる。そこにでかいキャビンのヨットがどんどん入ってきた。それこそマニアックな世界じゃないか。ヨットにきて、セーリングせずに、ヨット本来のセーリング以外で遊ぼうというのはマニアックな世界と見る事もできる。まあ、そんな事はどうでも良いんですが。

要は、セーリングを遊びたいなら、強烈にセーリングという個性に焦点をしぼったヨットで遊ぶのが最も面白いという事です。その美しい船体を乗りこなす事の快感は、エアコン付きのキャビンで寝てるより遥かに面白い。何かを強烈に楽しみたいなら、そこに集中すればする程、他を排除していく事になる。両立はできない。でも、その分面白い事は保証します。動かないヨットを尻目に、スイスイと帆走できる。この潔さはあっぱれと言わざるを得ない。

あれも、これも楽しみたいと思ったら、どれもそこそこしか楽しめない。どれかひとつ取り上げて、それを徹底的に遊ぶ。そういう遊び方も良いもんです。幸い、ヨットでは、セーリングという行為以外はよそでもできる。車で旅に行くのとはニュアンスは異なるだろうが、それでも、目的地の比重が大きいので、全く違う行為では無い。でも、セーリング自体はヨット以外ではできない。その特徴、個性を充分に味わってこそ、ヨットを堪能したと言える。考えても見てください。10年、20年とヨットやるんです。その間にヨットの何を楽しんできたか。そう振り返って考えた時、セーリングを最も堪能してきたという感覚こそが満足感を充分にもたらすのではないかと思います。ならば、そのヨット特有の個性を思う存分遊んでみましょう。その為には、強烈な個性を持つヨットは実に面白いと思います。スポーツカーを乗り回す感覚で、クラシックデザインのデイセーラーを乗りこなしてみてはいかがでしょうか。それを一旦味わったら、キャビンの狭さなど気になら無くなります。むしろ有り難いと思えるかもしれません。

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