第九十六話 習得

最近では仕事を引退された方々が、新しい事に挑戦される事が多いようです。テレビで見ましたがサーフィンを始めた方、田舎暮らしを始めた方、楽器を始める方も少なく無いようです。楽器について思いますに、楽器には二種類あるように思います。ひとつは音がすぐに出せる楽器、例えば、ピアノやギターなんかは音がすぐに出ます。でも、それだけでは音楽にはなりませんから、たくさんの音を複雑にからめて、やっと音楽になります。一方、すぐに音が出せない楽器があります。トランペットやフルートとか、クラリネットなんかも、かなり練習しないとまともな音が出ません。でも、一旦音が出ますと、これらの楽器は単音の楽器であり、また音の性質でしょうか、単音だけで音楽を奏でても、それで聴ける音楽になります。つまり、すぐに音は出せる楽器は、その後が大変で、すぐに音が出せない楽器は、最初が大変、そんな気がします。どちらも習得には大変ですが、習得すればすごく楽しいと思います。

それでヨットはどっちになるだろうか、と考えますと、ピアノやギターの部類とトランペットの部類の中間からピアノ寄りだと思います。とりあえず乗れるようにするには、ちょっと練習が必要ですが、すぐに乗れるようになります。これはピアノの鍵盤を指でポンと押した程度かもしれません。ピアノならまだ音楽にはなっていませんが、ヨットの場合は、それで何とか出て帰ってこれる程度までになります。ヨットの場合、この程度でも、それなりに楽しめます。それは初期段階で練習があったからではないかと思います。練習して、習得したものはそれなりに面白い。そういう事ではないかと思います。という事は、練習しないで遊べるものには、面白さに深みがありません。練習して、習得していく事によって深みが出て来る。それが面白いんだろうと思います。

何が面白いって、練習して習得するのが面白い。そういう事だろうと思います。練習しなくてもという場合は面白いのでは無く、楽しいのだろうと思います。それはそれで良いとおもいますが、深みはありません。深みが無いという事は飽きるのも早い。深みというのは謎です。謎の無いところにはたいした発見も無い。謎があるからこそ、それを見たくて求めます。そうするとそれが練習になって、謎を少し体験して、面白がって、そしてまた次の謎に行きます。その謎を求めなくなた時、楽しさを求めます。そうしますと、飽きてきます。楽しい事は面白く無いからです。面白い事は楽しいを含めて、挑戦や謎やスリルなんかもあります。だから、面白い。

楽器に限らず、ヨットも、スポーツもみんな同じではないかと思います。ジョギングしてても、楽しいだけでは無く、何か工夫したり、挑戦したりして、楽しいのでは無く、面白いに変わるから長く続けられるのではないかと思います。或いは、余程、健康やダイエットを気にしているかです。

ある方からカモメのジョナサンの話を聞きました。もう大昔前に書かれた小説ですが、当時はヒッピーに回し読みされたと聞きます。久しぶりに読んでみますと、一羽のカモメが飛ぶ事に夢中になる話です。カモメにとって飛ぶ事は餌を取る事に使う。でも、この変わったカモメは飛ぶ事自体に夢中になって、何とかもっと上のレベルを習得しようと練習するわけです。餌を取るという生きる為の行為が、生きる事と何ら関係の無い、飛ぶ事に夢中になる。そういう話です。馬鹿馬鹿しいですが、当人、当のカモメは面白かったに違い無い。ただ、それだけです。無駄な事に夢中になる方が面白い。馬鹿馬鹿しいけど、面白い。

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