第八十五話 ザイロン

マストが木製からアルミに変わり、そしてカーボンになる。船体は木製からグラスファイバーに変わって、PBCサンドイッチ構造が出たり、カーボンを使ったり。ロープを見ても、セールを見ても、ケブラーなんかいろいろな開発がなされてきました。

そして、日本の東洋紡が開発したザイロン(PBOファイバー)、これは現在世界一の強さを誇るそうで、これをヨットのマストを支えるスタンディングリギンに使う。ロッドやワイヤーでは無く、繊維をスタンディングリギンに使っています。もちろん、最先端レーサの話ですが。

ロッドリギンの2倍の強度、ステンレスワイヤーの5倍の強度、重量は20%しか無い。それで、硬さは2分の1だそうです。これをヨットに使って、重量が軽くなる。さすが、日本の技術はすごいですね。

まあ、一般の我々のヨットに使われるようになるのかどうかは解りませんが、様々な開発によって、ヨットの性能はどんどん上がってきます。でも、カーボンマストが昔程は珍しくなくなってきました。そういう意味では、いつかは当たり前のようにPBOファイバーが使われるようになるのかもしれません。昔、FRPがヨットに使われ始めた時代にも、同じような事があったのかもしれません。今では当たり前の事ですが。

但し、いくら開発が進んでも、人間は変わらない。人間の技術は上がりますが、心はあまり変わらない。心地良さとかですが、開発は人間の生活を便利にします。それで技術向上も促す。とっても良い事なのですが、必ずしも心地良さを促すとは限りません。その最先端技術を使って、便利さだけでは無く、心地良さも必要です。そしてこれは技術もさる事ながら、使う側の使い方、考え方に想像力を要求していきます。何を想像できるかです。最先端技術によってもたらされる性能を知れば、人はその性能を求めます。それはそれで良いと思いますが、人によっては、その想像を別な方向に向けて、心地良さの方に向かう人も居るでしょう。これは使う側次第という事になります。そこが自分のスタイルを想像できるかどうかにかかっている。誰もが技術向上による、性能ばかりに目がいきがちですが、それだけでは、心地良さは感じられないかもしれません。

もはや我々先進国は、性能の追及と同時に、使う人間の心地良さをも考慮するべき時期にきているのではないかと思います。何故なら、究極的には、この心地良さが、求めるものではないかと思うからです。便利や性能も、最終的には人間が心地良くならないと、面白く無い。便利にはなったが、より多くを求める事によって、より疲れる事になる。そういう事もあるわけで、自分の遊びは自分で演出しなければならない。

キャビンにエアコンが入ると、とても心地良い。しかし、それでキャビンから出にくくなるのも困る。冷蔵庫があって、いつでも冷えた飲み物があるのも良いが、バッテリーが心配でエンジン回しっぱなしになるのも困る。大きなキャビンは快適であるが、風圧面積は大きいのでコントロールしにくくなるし、重心も高いのも困る。全てにメリットとデメリットがあります。どれを取って、どれを捨てるか
それは自分の心地良さに関わる。という事は何が自分にとって、最も心地良いのか?快適キャビンが心地良いのか、快適セーリングが心地良いのか、そのあたりの妥協点はどこにあるのか?

そろそろ、便利だからという理由だけを考えるのでは無く、性能が良いからだけでは無く、自分の心地良い基準はどこにあるのかを考えた方が良いような気がします。仕事なら、性能、効率、そういう事を優先するのでしょうが、遊びの目的は心地良さかと思います。但し、これは楽では無く、面白いにある。

人間が感じる面白さというのは、理屈ではありません。もともとヨットなんていう不便なものに乗る事自体、便利さよりも面白さを取った事になる。どうしたら便利かよりも、どうしたら面白いのか?もちろん、便利グッズを利用して良いわけですが、求めた面白さの足を引っ張るような物は避けたいですね。使い方を間違えて、本末転等になると面白さが薄れてきます。

次へ          目次へ