第二十六話 実験を試みる

趣味にもいろいろありますが、熟年の方々がギターやピアノを始めたり、或いは絵画や陶芸、ダンス、スポーツなんかも始める方は多いようです。それぞれの楽しみ方があろうと思います。趣味というのは、ちょっと休憩とか、ちょっと寄り道とか、そういう息抜きというのとは少し違うと思います。
何かを初め、それをある程度まで楽しむというレベルには、それこそある程度突っ込んでやる、ある程度のレベルにまでなる。そういう事が必要かと思います。例えば、テレビを見る。これは休憩のようなもので、趣味とは言いません。楽器をやるにしても、ドレミが弾ければ、それでは楽しめない。自分が楽しいと感じるには、それなりのレベルに達する必要がある。それには練習が必要になる。その方法として、いろんな実験を試みて、データを取るという事をお奨めします。

何となくセーリングというより、きちんと実験を試みるという事も有ではないかと思います。実験というと、ちょっと大袈裟なので、帆走しながら、観察する。ちょっと気にかける。自分のヨットがどんなヨットで、どんな性能を持っているかに注意を向ける。何となく解るというより、きちんと解るというのも悪くないと思います。但し、これは1回の帆走で解るわけでは無い事は当然ですので、何度も、それに何かテーマを持ってのぞむ事になると思います。

例えば、上りギリギリで走り、そこでコンパスで進行方向を読み取る。それでタックしてまた上りギリギリを走り、再びコンパスの進行方向角度を読む。これを何度か繰り返しして平均を取ると、このヨットのタッキングアングルが解ります。角度が狭い程、上りが良い。上りが良い程、角度を稼げる。という事は、風に向かってより進む事ができる。

上りで走って、セールを目一杯引き込む。バックステーは引かない状態。これで船体のヒール角度は何度を示しているか?逆に、ヒール角度が20度になるには、何ノットの風が吹けば20度ヒールするか?もちろん、舵を切って走るのでは無く。これ以上ヒールさせても良くないので、この20度を超えるようだと、バックステーを引いて、セールをフラットにしていく。ヒール角度は20度を目安に。
バックステーを引いて、それでもヒール角度が20度を越えるようだと、ジェノアはリードブロックを後ろに移動させて、メインはシートを出して、その代わりトラベラーで引き上げる。これでリーチが緩んで風を逃がせる。これでも20度を超えるとなると、リーフという事になる。シートを出して風を逃がすというのは、走る角度を落とす事になる。これはまた別の事。

どの程度の風速で、それぞれの行為の限界が来るのか、何となくよりも、数値で把握してみる。その為には風向風速計があった方が良いし、できればスピード計もあると、それぞれの節目でどの程度スピードが出ているかも解ります。それにヒール計もあると良い。意外とヒール角度というのは体感では大きく感じるものです。バルクヘッドコンパスにはこのヒール計がついているのもありますね。ハンディタイプのGPSや風速計もある。

これらは、何度も何度もやってみる必要があります。否、やらなくても良いのですが、遊びとして、ヨットの性能、動きを数値で客観的に知るという行為は、後々、いろんな場面で役に立つと思います。何となくより、数値です。

すると、走る前から風速計を見ると何ノットの風か解る。すると上りで、見かけの風は何ノットぐらいになって、そのセールセッティングも事前に想像できる。或いは、スピード計もあるなら、いつもはこの風で何ノット出るのに、何故か遅い、或いは速い事がある。それは潮流のせいか。船底が汚れているのか?

数値を持って調べていますと、何かといつもと違う場合は、いろんな要素をつきとめる事ができます。船底をきれいにした状態で、良いコンディションの時にいろんな実験をして、自分のヨットの性能を知るという実験は、その後のいろんな事を知る手助けになると思います。ただ、何となくでは、解らない事も、数値を持ってデータを蓄積する事によって、客観的に理解できる。レーサーだからやる、クルージング艇だから何となくと考える必要は無い。その蓄積でもって、もっといろんな現象を理解する手助けにもなるでしょう。ですから、遊びとしてデータを取る。あくまで遊びであります。

セーリングだけではありませんね。エンジンで走る時でも、同じ回転数なのに、いつもより遅いとかもあります。これも船底の汚れとか、プロペラの汚れ、何かペラについてるとか?もちろん、潮流のせいもある。データを取って客観的に知ると、何かがいつもと違うという事に気付き易くなるし、その原因も想像しやすいかと思います。

そうやって、何年も何年も意識して走ってきた人と、ただ何となく走ってきた人では蓄積が違ってきます。遊びですから、そんな面倒くさいと思われるかもしれませんが、そうでは無く、遊びとして、データを取るわけです。それが遊びのひとつであります。遊びながらデータを取って、それがこの先の役にたつ。それどころか、遊びをもっと面白くする。人の感覚は実に鋭さを発揮しますが、また一方では結構いい加減でもあります。人の感覚は相対性ですから。

是非、遊びながら実験をし、実験をしながら遊んで頂きたいと思います。そうやっていきますと、セールのセット、トリミング、リーフ等々、いろんな事もきちんと解ってくる。すると他のヨットに乗った時もわかる。解ると、どんなヨットであるかが解ってくる。すると、自分が求める事も具体的に解るようになる。風も解る、潮も解る。いろいろ解ってくる。それが面白く無いはずは無いと思います。
解ると言っても全てが完全にわかるわけではありませんので、より多く解るという事ですので、終わりは無い。という事は一生かけて遊ぶ事ができます。解るという事は、いろんな面で効率的でもあるし、便利でもあると思います。解るって、面白いんです。それで、解ると疑問も沸いてきます。その疑問に答えを出すべく、また乗る事になります。そういう謎解きゲームでもあります。

こうやって、自分のヨットに何度も乗って、意識しながらデータも取るとなると、意識は集中しますから、自分の感覚も自然とヨットを理解する事になります。この感覚があなどれない。数値とは違う面をサポートするようになります。いつもと何かが違う?という事が感覚的に解る事がある。自然とそうなる。わずかな船底の汚れなんかも感じたりする事もある。そうなると、いつもグッドコンディションを保ちたくなりますね。解る、感じるとは面白いし、嬉しい事です。おまけにヨットもグッドコンディションにしたくなる。そうでないと違和感を感じる。ここまできたら申し分なしですね。あまり神経質になってはいけませんが。あくまで遊びである事もお忘れ無く。

余談ですが、音楽に鋭い人は、少しでもハーモニーがくずれると気持ち悪く感じるそうです。その代わりピタッと合うと、実に気持ちが良いそうです。それと同じですね。音楽はドレミと決まった音がありますが、ヨットにはそれぞれ違う音がある。それが、風と波とハーモニーを造るようなものかもしれません。ピタッ合えば実に気持ちが良い。しかし、なにかが狂うとどうも妙だという事になる。やはりグッドハーモニーを求めて走るのが、最高のフィーリングを得る方法かと思います。それには、実験を試みる。

実験の結果、自分のヨットの上りが悪いと解ったら、それは悪い事では無い。悪いと思ったという事はもっと上りが良いのが良いと思ったわけですから、自分のコンセプトがひとつ明確になったという事になります。次の艇は上りが良いのが良いという事になる。こうして、スピード、スタビリティー、乗り心地、いろんな事が明確に解ると、自分の求めている事も明確に解る。今のヨットで満足だったら、それで良い。一生それで遊ぶ事ができます。実験はいろんなメリットをもたらしてくれると思いますね。いずれにしろ、より楽しむ方向へ進んでいます。

面白いというのは、やってる事のいろいろな事が、だんだん解ってくるという事ではないかと思います。趣味というのは、この段々解るというプロセスを伴う事が必要で、それが喜びになる。こうしなさいと言われた通りにやるだけなら、面白さを感じないが、自分で解って、考えて、今度こうしようとか思う。そして、また何かが解る。同じ行為をしていても、面白さが違うのではないかと思います。

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