第六十八話 繰り返す事の意義

頭で考えれば、セーリングは単純な作業の繰り返し。セール上げて、タックしてジャイブして、同じ事繰り返して帰ってくる。そんな事をしょっちゅう、何度も繰り返す。頭で考えると、その面白さは分からないかもしれません。でも、繰り返し、繰り返しやり続ける事で何かが生まれる。同じ事の繰り返しで、そこを見るとつまらなさが見えてくる。しかし、何も考えずに、ただ繰り返していくと、その深さが解ってくる。退屈だと感じるのは、違いが見えていないからに過ぎない。見ようとしないのかもしれません。違いが解る男は、面白さに気付く。

繰り返す事の意義は、気付かなかった事を気付くようになる事。ひとつ気付いたら、ふたつ、みっつと気付くようになる事。繰り返しは、違いの解る男に自分を育てる。セール上げるだけでも、要領を得るだろうし、そうしたら短時間で、しかも楽に出来るようになる。

もし出来るなら、何も考えずに、ただ感覚だけを最大限に開いて、セーリングのあらゆる場面での感じを味わえるようになると一番良い。まさしくフィーリングセーリング。そこに行くには、それまでに相当乗り込んで、技術と知識を身につけておく必要はあるでしょうが、どこかの時点でポンと頭からフィーリングに切り替わるわけでも無く、徐々に、腕が上がれば上がるだけ、フィーリングの場面は多くなる。

最高の気分になる事以上に、面白い事は無い。それこそが我々が求める究極のもの。たとえ一瞬であったとしても、忘れられない気分。宝物みたいなものになる。生きてる実感みたいな。それは繰り返しの作業によって、いつか得られるもの。どこかでお金出せば買えるものでも無いし、やった人にしか手に入らないもの。

今あるヨットで、今居る場所で、すぐに出来る。そこからスタートして。フィーリングを掴み、いつかは、理想とするヨットで、もっと違うフィーリングを味わいたい。

繰り返しをしていると、ある時点で、ポンと自分の腕が上がったように感じる時がある。要領を少し掴んだかのような感じです。それまでは、ああでも無い、こうでも無い、どうもうまくいかないと思い続けていたのが、ポンと変わる事があります。自分でもなかなかやるなという感じになる。それがまた嬉しいわけです。自分のやり方のどこが変わったか解らない時があります。でも、感じとして、結果として、うまく行ってる。多分、繰り返しで、体が何かを得たのかもしれません。身に染み付いた感覚とでもいいますか、間違いなくレベルが上がっています。

頭で解って、ひとつ楽しい。体で解ってもっと楽しい。繰り返しの技術は、そういう積み重ね。それがあるから、半年で94回も乗れるようになる。面白く無いなら、誰がこんなに乗れるでしょうか。
辛い時もあるはずなのに。

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