第八十六話 豊かさの在り方

ある韓国人の話ですが、中国は今、物質的な豊かさをどんどん追いかけている状態であり、経済発展まっしぐらに突き進んでいます。また、韓国においても、その先を行っているとはいえ、物質的豊かさを求めている。一方、もっと先を行く日本はどうかと言いますと、日本は既に、物質的豊かさだけでは幸福になりえないという事が解ったしまった状況にある。そういう内容でした。

なる程、と思った次第ですが、我々は幸福にならんとして物質的な豊かさを求めてきたわけですが、実際に、所得倍増計画やら、高度経済成長やらで、今、確かに豊かさを享受してきています。しかしながら、前記にあります通り、物質だけでは真の幸福感は得られないという意見に賛同する人は多いだろうと思います。豊かな物質という環境も必要ですが、その他にも何かが必要である。それは何か?

今日のような不況になると、そんな事も言っていられないかもしれませんが、それでも尚、一旦は物質的な豊かさを味わった我々には、何かを求めたくなる。

再び、ある人の話ですが、人は生活必需品は安く手に入れられなければならないと考える一方で、生きて行くには無くても良い物、例えば、趣味の世界が典型ですが、それらには平気で大枚をはたく事ができる。これは何を意味するかと考えますと、多分、人は物質の持つ豊かさの限界を知り、今度は精神的な豊かさを求めているせいではないかと思います。他人にはどうであれ、自分の価値観において、何か面白い事、楽しい事、そういう事を求めていると思います。生きる為では無く、楽しむ為であります。

という事は、ヨットという物に対して、どう考えていくのか?ヨットは豊かさの象徴であるかもしれません。しかし、物としての存在だけなら、そこに豊かさを感じる時期は過ぎてしまった。家の前においていつも眺められるならまだしも、遠いマリーナに行かないと見れない。存在だけでは、もはや豊かさを感じられない。

そこで、今後はヨットをどういう具合にとらえるのか?そこが問題になるかと思います。つまり、所有でもって豊かさを得た時代はもはや日本には無い。それより、他にどんな豊かさをヨットは与えてくれるのか?そこを問う時代に入ってきたのではないかと思います。

私が思う豊かさとは、セーリングして、その感を味わう事、自分が進化して、それを味わう事、自分の感覚が洗練されて、質の違う感じを得られる事、これらは、実際に乗って、走り、向上を目指して、はじめて獲得できるものであります。時代はもっと簡単に得られる事を要求しているかもしれません。その点では、これらは簡単では無い故に、誰もがとはならないかもしれません。しかし、そういう時代は既に終わった。インスタント的に得られる喜びは、これまでのやり方であり、所有欲を満たす事に他ならない。でも、今の日本はそれでは限界がある事を知った。物があるだけでは幸福には成りえない、自らが行動をおこす事によって、そこから得られる感覚、味わい等を求める。しかし、これは簡単な事ではありません。つまり、さらなる幸福を求めるには、じっとしていたのでは得られ無いという事になります。

ヨットというのは、スリルを味わい、非日常的なエキサイティングな感覚を遊ぶおもちゃであります。
次元の違うスポーツかもしれません。行動する事によって得られる、行動した者だけに与えられる幸福観。心の豊かさは体を通して、行動する事によって得られるものかもしれません。この事は、クルージングにおいても同様かと思います。目的地に早く到達する為にエンジンを走ってきた。道中よりも、目的地を優先したばかりに、クルージングにおけるセーリングは本来は優雅さをも演出できたのではないか?時間を追うが為に、ヨットの持つ優雅なセーリングを失ってしまったのではないか、そんな気がしないでもありません。

物の豊かさを享受してきたものの、日本ではその限界を知ってきました。次は行動する事によって得られる、豊かな物を使って、行動して、得られる感覚が次のステップかと思います。では、どういう行動が幸福につながるのか?これが、今からのテーマになるはずです。ヨットとの付き合い方をどうすれば、良いのか?そこの試行錯誤が、今の日本のテーマ?

いろいろ試して、自分に合う使い方はどんなのか?これを見出す事ができるか否か?レースもあり、セーリングやクルージングもある。もっと細かく見れば、たくさんの使い方があるかと思います。それを見出す迄は、何とも満足感は無いかもしれません。でも、行動しなければ得られない。そういう意味では、所有するという行為よりも難しいのかもしれません。それは目では見えないし、他人との比較でも無いし、まさしく自己の世界をどう創造するかという自主性次第という事になります。
この事は格差を生み出すと思います。行動する人としない人の格差です。ある人はとても楽しんでやっている。またある人は満たされない。同じ物を持っても、そういう格差が生まれるかと思います。

是非、行動して、自分の面白さを見出して戴きたいと思います。行動すれば、必ずしも良い事ばかりでは無いと思いますが、真の面白さ、楽しさ、満足感、幸福観は、それを乗り越えたところにあるのだろうと思います。これからは、所有する事から、いかに使うかの時代に入ってきたと言えます。

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