第三話 豊かさ 

それが豊かさを感じさせてくれるかどうか?そこが最も大切なところかもしれません。豊かさにも、いろんなバリエーションがあるもので、姿形、色合い、肌触り、匂い、乗り心地、機能、性能云々。
動けば良い、走れば良いというレベルから、豊かさへの味わいは、楽しみ方が別な次元になる。

舵を切れば、どんなヨットでも曲がってくれます。しかし、ヨットによっては、その感触が違う。セールさえあれば、どんなヨットでもセーリングはできる。しかし、ヨットによってはその感じが違う。同じスピードであってもです。

重い舵、軽い舵、或いは、若干重い舵。軽い走り、重い走り、滑らかな走り。鈍い反応、鋭い反応、或いは、柔らかい反応。波に叩く時も、船体の形状によって、剛性によって、いろんな反応があります。これらは、性能とは別次元の、感覚的違い。そういう事を取り上げたらきりが無いかもしれませんが、そういう感覚を得た時には、何とも言いがたい豊かさを感じます。

セーリングにはスピードや、腰の強さや、上り角度や、そういう性能を楽しむという方法もある。これらは、物理的な動きに関する現象です。一方で、人間には、内面的な感じを重視する向きもあります。何も、一方を犠牲にするという事では無く、できれば、両方を楽しみたい。

人間の感覚には、性能を楽しむというやり方と感触を楽しむというやり方のふたつがある。レースをする時には、性能を楽しみ、セーリングをする時には、感触を楽しむ。この感触というのは、非常に曖昧でもあるし、これまであまり議論された事は無いと思います。何ノットの風で、何ノットのスピードが出たか?そういう時の気持ち良さは話題には出るものの、バランスの良さ、スムース感、反応の良さ、乗り心地の何とも言えない感触、そういうのは表現が難しい。ですから、自分だけの味わいかもしれません。でも、それがとっても心地良いと感じるし、豊かさを感じさせてくれます。

舵を持つ手に、軽いか重いかだけでは無く、微妙な感じが伝わる。コクピットに座っていても、感触的には、違いがある。波にぶち当たっても、その感じが違う。ヨット全体の感じが、舵に伝わるし、乗り心地に伝わる。部分だけが独立しているわけでも無い。

そういう豊かな感じを得た時、何とも良い気持ちであります。ただ、走っていても、滑らかさを感じた時は、ただ真っ直ぐ走るだけでも豊かさを感じます。これは何がどう違うかというと、答える事ができません。何で、こんな感じなのか?多分、船型、ハルの堅さ、リグのバランス、重量、スタビリティー、等々全てが関連しているのかと思います。

セーリングを味わう方法として、この感触を意識して楽しむという方法もあると思います。そのヨットが持つ感触を味わうという方法は、機能とは違う楽しみ方のひとつになるのでは無いでしょうか?
それは、あらゆる箇所にあります。もやいを解いて、出港する時、セールを上げる時、上り、下り、
多くの場合、それは舵に伝わる。という事は、舵をオートパイロットに任せては、これを味わう事ができません。シートを出した瞬間、引いた瞬間、ブローが入った瞬間、抜けた瞬間、舵を切る時の感じ、それらが、みんなヨットによって異なる。

あらゆる場面で、あらゆる感触を味わう事ができる。それらは、みんなセーリングによってもたらされます。レースは競争です。クルージングは旅です。そして、セーリングは性能を楽しみ、感触を楽しむ乗り方。豊かさを求める乗り方ではないかと思います。だからこそ、船底はクリーンに、シートもセールも感触を違えてきます。私物が多いと重くなる。メインテナンスは、機能だけでは無く、感触をも違えてきます。操作性も感触に影響を与える。

感覚を基準にしますと、いろんな事が解ってくる。デイセーリングはそんな感覚を養う事になります。データだけでは解らない。感触というのは鋭いレーダーみたいにする事もできる。微妙な振動を感じたり、わずかな音が聞こえたり、そういう事が特別に注意しなくても解るようになる。そして、感覚が豊かになればなる程、違いが解る。そういう感覚セーリングというのは、楽しいとか面白いとかとは違う、豊かさを感じさせてくれるのではないかと思います。

ある造船所曰く、セールフィーリングを取り戻そう。と言います。物理的な動きのみならず、セーリングには、豊かなフィーリングを味わう手段にもなります。動けば良い、速ければ良い、そういうのとは違う遊び。豊かな遊び。良い感じを得た時、何とも言えません。動きは目に見える。スピードも目に見える。でも、感触は見えない世界。それを感じる時、そこに豊かさがある。何とも言えない味わい、なんかリッチな感じがしますね。是非、セーリングを通して、そういう感じを意識してはどうかと思います。

物理的な操作と動きを楽しむやり方と、こういう感触を味わうやり方、この両方を意識して味わうと、倍の楽しみ方ができるのではないか?感覚は曖昧なようで、実は鋭いレーダーではないかと思います。例えば、正確に今何ノットのスピードが出ているかは解りません。しかし、その感覚は解る。感覚は相対的であり、不正確、曖昧なデータではありますが、意外と鋭い面がある。その鋭さというのは、そのヨットを別な次元から捉えている。GPSは正確なスピードを教えてくれるかもしれませんが、感覚は、きっと別な次元からそれを捉えており、そこに豊かさを見る事ができるのではないかと思います。是非、感覚セーリングを。セールフィーリングを取り戻しましょう。

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