第十六話 コンセプト

ヨットにはそれぞれのコンセプトがあり、それは造船所の意図によって実現されます。造船所側の提示するコンセプトは比較的明確ですから、オーナー側のコンセプトをできるだけ明確に持つ事ができれば、自分にピッタリのヨットを見つける事もできるでしょう。

随分前になりますが、アメリカに行った時の事です。あるオーナーが、他のヨットを指して、あれは良いヨットだ、外洋艇でどこにでも行けるとか、また、別なヨットを指して、あれはこうとか言う話を聞いた事があります。そして、自分はそこまでは行かないので、必要無いし、それに値段も安いし、だからこれで良いとかいう話をしていました。

少し驚いたのは、ヨットのコンセプトを良く理解していて、そして自分の使い方も解っている。それで、自分のヨットにも満足しているとの事です。なる程、そうあるべきなんだなと思った次第です。ヒンクリーが良い、スワンが良いとか言っても、そんなヨットが全ての人々に良いわけでは無い。どんな造船所がどんなヨットを建造しているか、良く理解し、そして自分のコンセプトと合うヨットであるなら、それが良いヨットだという事になります。

日本では、まだコンセプトが理解されていない話を良く耳にします。有名ブランド等、世界中どこにでも行ける外洋艇と勘違いされている場合もあります。あるヨットですが、ヨーロッパから乗って持ってきたというヨットを見ましたが、この実績ですっかり外洋艇と思ってあるオーナーでしたが、良くみますと、バルクヘッド部分とか、天井部分とか、曲がったりしているのを発見しました。もう一回行ったらどうなるんだろう?サイズは53フィートでしたが、外洋艇とは思えませんでした。

また、あるヨット、ハワイに回航した人の話ですが、もう二度と行きたくないとの事。行けるのは行けるけれども、安心して行けるか、不安な中で行くか、乗り手を疲れさせたり、或いは、乗り手を助けるヨットであったり、いろいろあるわけです。外洋艇というのは曖昧な言葉です。サイズだけの問題ではありません。このあたりを良く理解していないと、とんでも無い目に合うかもしれません。

沿岸のクルージングではどうでしょうか?これは市場が最も大きい分野ですので、マリーナで最も多く見かけるヨットです。沿岸ならば、時化が来ると解れば、どこかに逃げ込む事もできる。我慢しても1日とかです。外洋のように、何週間もというわけでは無い。その辺が違います。頑丈さも船型も違う。でも、沿岸用クルージングに外洋艇である必要も無い。外洋艇によっては、ちょっと沿岸を走っていくには、面倒くさいのもあります。コントロールがしにくいのもある。時化た時は頼もしいですが、それ以外はうっとおしいこともある。艇によっては。

セーリング重視はどうでしょうか?これもピンキリですが、ただ軽めで速いというのもあるし、軽いが船体は堅く造られているのもあります。堅い船体だとフィーリングが違ってきますね。速いだけを求めるのとはまた違うニュアンスです。

造船所は自分達のコンセプトと品質の程度を持っています。同じプロダクションでも工法、構造等が異なる。大量生産の工法と少量生産の工法は異なるということです。つまり、ひとつの造船所が違うふたつの工法を取り入れる事は、まず無いだろうという事です。その造船所がクルージング艇とレーサークルーザーの二種類を建造しようが、品質的には同じだろうという意味です。もし、違う構造や工法を取り入れたら、混乱を招くのではないかと思います。ですから、そんな事はしない。
もしあるとするなら、片方の造船所が、全く別の造船所を買収した場合でしょう。

それで、自分の使い方を吟味して、選択する必要があります。必要な性能、必要では無い性能、何でも高い性能があれば良いとは限りません。デイセーラーはセーリングにおいてスピードとフィーリングを重視します。しかし、これで外洋に行く事は無い。逆に、外洋艇でも沿岸用でもデイセーリングはできますが、スピードやフィーリングは別物です。

私は、どんなコンセプトを持つにしろ、フィーリング重視だと思います。どんなフィーリングを得たいのか?時化た中での安心感、スピード感、加速感、乗り心地の良さ、安定感、キャビンで過ごす充実感、頼もしさやいろいろあるわけで、どんなセーリング、どんな旅がしたいのかは、その事によって、どんなフィーリングを得たいのかという問いになると思います。

レーサーはスピード感では無く、スピードです。それは勝負ですから、客観的な勝利が必要です。ここで必要なのは、勝利感です。優越感です。でも、セーリングそのものを楽しむ場合は、また違うニュアンスになります。滑らかさとかです。それぞれによって、それぞれのフィーリングがあります。結局、我々はこのフィーリングを求める。フィーリングこそが最重要課題で、それを得る為に、選択をします。

でもフィーリングとは曖昧で、絶対的なものでは無く、相対的になります。そこがまたややこしい。でも、やっぱり一般的に良いヨットというのはあるものです。その分野において群を抜くものです。ただ、ある特定の分野で群を抜いても、他の分野でも同じように群を抜くわけではありません。ですから、どこに群を抜く性質を持つか、そこを見る事になります。

外洋艇、レーサー、デイセーラー、これらは市場的にも小さいし、手間もかかる。よって大量生産向きではないし、沿岸用クルージング艇やレーサークルーザーなら大量生産も可能だと思います。この場合のデイセーラーとは従来の小さなヨットという意味ではありません。セーリングとフィーリングを重視するヨットという意味である事は言うまでもありません。

という事で、その造船所が基本的に持つコンセプトは何か?個々のモデルを見る前に、造船所全体のシリーズを見るのが良いと思います。そのうえで個々を見る。そして、自分の味わいたいコンセプトは何か?こっちの方が見極めは難しいかもしれませんね。今、何ができるか?時間、クルー、予算、解らなければ、取りあえず周りの状況から判断する事になるかもしれません。まずはスタートする事が大事、自分の経験から判断する事になりますね。

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