第四十話 不安定

セーリングをする時、誰もが安定性を求めます。でも、本来、ヨットは不安定なものです。その不安定性の中で、より安定性を求めて走る。それを面白がる。それがセーリングという遊びではないかと思います。

いわゆる重心の高いヨットは不安定です。軽風は良いが、風が強くなるとすぐに大きくヒールしてしまいます。それで、風を逃がすか、リーフを余儀なくされる。それでは面白さは半減です。そこで、安定性の高いヨットなら、ある程度の強風に対しても、じっとこらえる事ができます。より快走を遊ぶ事ができます。リーフのタイミングもずっと後になりますから、そこまでは快走を味わえるわけです。

それで、高い安定性を求めるわけですが、過ぎては、今度は面白さが半減していきます。例えば、カタマランです。ヒールしませんね、ほとんど。安定性が非常に高い。それで面白いかと言いますと、私見ではありますが、セーリングを遊ぶという意味においては、やはり不安定でなければならない。安定は求めつつ、不安定を遊び、安定性が高くなりすぎると面白さも減じられる。実に勝手な言い分ですが、でも、ある程度の不安定性の中でこそ、バランスを取り、操作して遊ぶ面白さがあると思います。

ヨットは無風状態から強風まで、同じヨットを使います。微風用のヨットや強風用のヨットと使い分けるような事はしません。ですから、ひとつのヨットが、ある時は微風の中に居て、またある時は強風を経験します。という事は、その両方をいかに対応していくか?

微風には軽い方が良いです。ですから、排水量を軽く造ります。でも、そのヨットで強風も走るわけですから、重心を下げて、重いキールをぶら下げる。そうしますと、微風でも強風でも走れます。ところが、強風になりますと、風を受けるセールには大きなプレッシャーがかかります。波も高くなります。それで、船体がねじれたり、引っ込んだり、いろいろプレッシャーにさらされます。それによって、ぶっ壊れる事は無いかもしれませんが、不安感が出てきます。性能的にも落ちてきます。

そこで、軽いし重心は低いし、あまけに強いハルを造るという事になります。そうしますと、高い安定性を持ち、波に負けない船体を持ち、滑らかなセーリングというおまけまでついてきます。走るというのは簡単ですが、より速く、より滑らかに、グッドフィーリングを得たいとなりますと、そう簡単ではありません。

人は完璧を目指しますが、幸か不幸か、完全にはならない。また、より良いを目指すものの、完璧がもしあったら、もし到達したら、今度は、それじゃ面白く無くなる。だから、今のままでベターを目指す方が面白いのではないでしょうか? そういう意味では今のままで完璧でありますね。

ひょっとしたら、我々が望むのは、完璧では無く、完璧になろうとするプロセスなのかもしれません。それが最も面白いのかもしれません。

カタマランについて擁護しておかなければなりません。カタマランがつまらないと言っているわけではありません。私見として、一般のカタマランは、セーリングの面白さを目指すというより、クルージングでの快適さとか居住空間の快適さとか、そういう事に面白さを見出した方が良いのではないかという事です。プロが乗る様なカタマランは大きくヒールします。セーリングも面白いに違いないし、モノハルよりも速い。でも、一般が乗るカタマランとは違うと思います。

セーリングを楽しむのは、この不安定性の中で、より安定を求め、バランスを取り遊ぶ行為ではないかと思います。より高い安定性を求めます。でも、決して完璧な安定性は求めない。人間はいつも矛盾を抱えています。そういう走りの中で、より速く、より滑らかに、より鋭敏に、と自分との兼ね合いとのバランスを取りつつ、試行錯誤を繰りかえす。その行為も、いくら便利な世の中でも、ボタンひとつで操作して面白いわけじゃない。セーリングは面白さの追求という事になりますね。それは不安定の中でのバランス取りという事になるのかと思います。

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