第51話 JUST PLAY

随分前の事ですが、帆走していて、それまでとは全く違う感覚を味わった事がありました。
波もあまりなく、風も程良い、絶好な状態だったのです。まだまだ初心者だった私は周りの
漁船やヨットの動きが気になり、また、ティラーを持つ手にも少々力が入っていたと思います。
少し緊張しながら、しばらくすると回りには誰も居なかった。ただ、遠くに他のヨットが数艇見え
るだけとなり、穏やかな走りを堪能していました。CDからは音楽が鳴っているし、静かですし、
それだけでも充分に満足して、タックやジャイブを繰り返しながら、あっち行ったり、こっち行った
り、少し疲れて帰路へ、疲れていたせいか力も緩み、慣れてきたせいか緊張感も緩み、リラッ
クス。やがて、CDの音楽も止まり、ただマリーナへ向かって、帆走していただけなのですが、
静かなる感動を得る事ができました。自分にしては良い走りだったと思いますし、状態も良か
った。静かなると言ったのは、決して、ビュンビュン走ったわけでもなく、エキサイティングでは
無かった。でも、後で考えれば無心だったと思います。セールカーブの事も舵の事も何も考えて
いなかった。表現は難しいのですが、強いて言えば、調和していたのだと思います。でも、その
時は解らなかった。ただ、無心でした。そして、後で、陸に上がってから、思いがよみがえって
きました。あれは一体何だったのだろう。近づく漁船に邪魔されて、ふっと途切れてしまった。
あれが、1分だったのか、5分だったか、はたまたもっとかはわかりません。実に滑かだった事
は事実でしょう。

こういう事が時々あるのです。でも、意識してできるものでは無いようです。全てが揃った時に
味わえる至高の時。それで、いろいろ考えて、これもヨット遊びのひとつと思います。遠くに行く
のもヨット遊び、宴会するのもヨット遊び、そして、こういう近場のセーリングもヨット遊び。それで
私は遠くに行く必要が無くなりました。もちろん、行かないわけではありませんが、必要が無い
という事です。

そして、また、25フィートのヨットを回航していたのですが、回航と言ってもほんの近くです。天気
も良いし、時間もあるので、エンジンは使わずにセーリングだけで行こうとマリーナを出たとたん
エンジンが停止してしまいました。エンジンをかけてみるとすぐに掛かったので、セールを上げて
エンジンを停止、帆走を楽しんで、目的地に近づく、エンジンを始動しようとしましたが、今度は
全くエンジンが掛からない。どうしようも無い。そこで、セールだけで入ろうと決め、メインを降ろして
ジブだけで、マリーナに近づき、丁度、風向きも風速も良かったのが幸いでしたが、マリーナに進入
セールで入ってきたものですから、何人かが手伝だおうという合図をしてきましたが、何と、それを
断り、ジブハリヤードとジブシートを持って、ティラーにまたがり、ひざをくねくねさせながら舵を切り、
ここというタイミングでシートを離して、ハリヤードを切った。セールは3分の1ぐらいまでに下にスーツ
と降り、丁度良いところで止まった。

自信があったから助けを断ったのでは無いのです。ただ、この時は自分にできるという自信も無かっ
たし、できないのではという不安も全くなかった。ただ、目の前のすべきことに集中していたのだと
思います。運も良かったのだと思います。終わった後で振り返ってみると、以前に感じていた感覚
と同じような感覚だったと思います。無心に今の事に集中していた。それが、その時は夢中でしたが
振り返ると、何とも充実感が沸き起こってきました。前の感覚と全く一緒です。

遠くへ行った達成感より、遥かに充実感があった。何かを達成したわけでも無かった。でも、これで
私には充分だった。遠くへクルージングしても良いし、大勢で賑やかにクルージングしても良い。でも
最高はこの感覚にあると思いました。それで、この感覚を得るにはどうすれば良いか。理論は成り立
ちませんが、まずは、いつでも気軽に出れる事、船が自分にとって大き過ぎない事。そういう事を
探り出してきました。

小型ヨットは初心者というのは間違いです。誰でも、気軽に遊べるヨットなのです。そして、できれば
今出せると良いなと思った時にすぐ出せる事。これが私の個人的な最低条件です。そして、あれこれ
考えずに遊ぶ。JUST PLAY! 

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