第九十五話 体の記憶


      

解っちゃいるけど実践となると理論通りにはやれないのが現実。それでも辛抱して、しばらく続けていくと、知識に体と感覚が少しづつ追い付いて行くのが解ってくる。それで、やっと面白さが湧いてくる。或いは、理屈とちょっと違うな〜なんて事があるかもしれない。本当の面白さを得るのも簡単じゃない。

頭で覚えた事は忘れるが、体で覚えた記憶は本当に自分のものとなって忘れる事が無い。これを獲得するには辛抱して続けるしか無いが、それはセーリング好きでなければできない事なのかもしれない。取り敢えずセーリングができる様になれば、その先を避けたとしても、楽しい事は他にもあるという具合になり易い。ただ、続ければ、それ以上の面白い事がその先にある。ワンシーズンでもやってみれば、かなりの進歩になるし、それが一生の体の記憶になる。

ところが、解ってくると、ワンシーズンどころか、どんどんやれる。だから、その差は開く一方。ここにも格差が生まれて行く。やるもやらぬも自由だが、もしやるなら、どういうヨットが良いんだろうと考える。どんなヨットで自由自在を目指したら良いんだろう。サイズ、セーリング性能、安定性、デザイン、デッキアレンジメント、考えるだけでも楽しくなる。

自由自在は知識やノウハウでは無くて、体の記憶なのではなかろうか?自由自在の面白さを獲得したら、楽しい事なんていくらでも味わえる。どうせやるならそこまで行きたい。どんなヨットかという事も重要だが、どんな風に乗るかの方が重要なのかもしれない。何を目指すにしても、一度はセーリングを体で覚えておきたい。

写真はヒューザー28、ポーランド製。こんなハイスピードヨットである必要は無い。乗り方の問題、しかし、そのヨットのパフォーマンスも影響するので、そこは吟味したい。どの程度のパフォーマンスが自分に合うのか?

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