第39話 不便を楽しむ
そうすると、ノルディックフォークボートの造船所のオヤジの言葉が思い出される。何故、 何でもかんでも揃わないとヨットに乗れないんだ?彼のヨットは標準では何も無い。照明 もなければ、もちろんバッテリーさえない。しかし、最高にセーリングを楽しめるヨットなの である。このヨットを受け入れられれば、そういう心的準備があるなら、最高にヨットを楽し む事ができるだろう。不便に不満を漏らすようなら、最高の楽しみとは行かないが、それも 良しと思う事ができたなら、誰よりも、最高の味わいを持つ事ができるだろう。 楽しいのは、何かがあるから、便利だから、装備があるからでは無い。速いからでも、性能 が良いからでも無い。今あるヨットをどれだけ受け入れられるか、そして、そのヨットにどれだ け自分が工夫を加えられるかではないだろうか。 どうやったら、自分のヨットの最高を引き出す事ができるか、そういう工夫をしてみたらどうだ ろうか。速いか遅いかは相対的であり、比べるといつまでも喜びには達してない。だから、 自分の最高を目指したらどうだろう。 不便は苦である。だが、便利は退屈である。苦は快に変える事ができる。 映画を見ていて、主役はあらゆる難関を突破して、何かに達する。だから面白いのであって、 サッカーは敵が邪魔して、それを突破してゴールするから面白いのであって、野球はピッチャ ーが打ちにくい球を投げ、それを打つから面白い。一切の難関も無く、達成する映画の主人公 など見たくも無いし、ボールを持った瞬間、敵がさあどうぞ、ゴールして下さいと道を明けてくれ るようなゲームは見たくない。 どこまで不便を受け入れるかは自分次第だが、受け入れる量が多くなった分、楽しみも多く なると思う。全ては自分の許容量次第。不便を快に変えた時、自分が動いた事によって、得た 反応はどれだけの快を与えてくれるか。試してみてはどうか。 何も無いヨット、でもセーリングする為の装備は充実している。自分が動けば動いた分の反応 を感じられる。そういうヨットを受け入れられたら良いなと思います。 |