第51話 キャビンは靴のままで

キャビンに入る時は靴を脱ぐ。日本人の礼儀のような、常識のような。オーナー
の意向が解らないので、私も必ず靴を脱ぐ。でも、本当はヨットのキャビンは
靴のままで入りたい。いちいち脱ぐのは面倒です。車に乗る時は靴を脱がな
い。ヨットのキャビンは靴を脱ぐ。何故でしょうか。

ヨットは使う乗り物です。靴を脱ぐというのは家、つまり、ヨットを家とみなしてい
るのではないでしょうか。ヨットは使ってなんぼ、靴のままづかづか入りこんで、
出たり入ったり。もちろん、ゴム製の底でなければなりませんが、そういう使い
方をしてもらいたいものです。大切にするという事は良い事なのですが、遠慮
ぎみに使う、汚さないように、傷つけないように、そんな気持ちはカジュアルさ
をそいでしまう。

汚れたら、拭けば良い、壊れたら修理すれば良い、大切に大切にと思いながら
思いすぎて使わないで大事にしまっておく。そんな馬鹿な。靴を脱いで入る割り
には、クッションをはがすとごみだらけ、錆びた金属で茶色になっている。時には
ゴキブリの死骸さえ転がっている。無駄なごみを充満させながら、反面で靴を脱
いでキャビンに入る。

ヨットはどんどん使うべきです。どんどん使って、メインテナンスしてやった方が良
い。私物はなるべく少なめに、どんどん入って、どんどん使って、気に入らない物
は撤去しても良いし、改造しても良い。ヨットはそのままである必要は無い。自分
流にアレンジしていくものです。自分が使いやすいように変えて良い。その為に
は自分のヨットですから、づかづかと靴のままで入ってもらいたい。

大切にしている割には、シートは硬くなったまま、セールは伸びきったまま、ウィン
チなど1回も分解してグリス入れた事無い。そういうヨットが多過ぎる。どんどん使っ
て、どんどんメインテナンスするべきです。その為にはカジュアルでなければならな
い。どんどん使ってくると、必要以上に装備されている自分のヨットに気づく。この何
年も使った事無い物が解ってくる。どんどん乗るとシンプルが最も使いやすいという
事がわかってくる。

何日も何日もヨットに泊まるような、そんなロングクルージングで無い限り、必要な
物はそう多くは無い。物が少なくなると、実にシンプルです。配管、配線もシンプル
壊れても分りやすい。シンプルであればある程、自分のヨットが良くわかる。ヨットの
内も外も全てがわかる。わかると気軽になれる。何があっても自分でどうにかできる
この気持ちが大切です。

家庭と同じ空間を作ってはいけません。家庭と同じ便利さ、快適さを造ってはなりま
せん。ヨットは家とは違う世界でなければなりません。家を出る時、異なる世界を求
めてヨットにいくのですから。誰でも、快適な空間を作ろうとします。便利さを求めます
でも、それが間違いの元です。

あのヨット、内装が良いねと言います。それが間違いの元です。住むなら別です。でも
家じゃないんです。セーリングしてなんぼ、航海して、いかに使いやすいか、それが
優先なのです。住むわけでも無いのに、部屋の数を数え、装備品で埋め尽くす。
そんなものはいくらでも別の方法がある。

山にキャンプに行く人が居る。何故、彼らはテント張るんでしょうか?別の世界、日常
とは違う世界を演出しています。その方が面白いからです。エアコンの効いたキャビン
で、ゆったり寛ぎながら、テレビを見てる。それが面白いでしょうか?皆さん飽きるの
ではないでしょうか。快適ならホテルに泊まってルームサービスでもとった方が快適
です。ただ、ヨットの中という違いだけです。その違いも慣れてくればなんてことは無い。
静かな環境にたたずむ豪華な家とは違うのです。同じではいけないのです。豪華な内装
より、しっかりした船体、重心の低さ、使いやすい艤装、そういう物の方が遥かに重要で
す。靴のままキャビンに入るカジュアルさ、そういう心が大切です。
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