第七十話 沿岸と外洋とヨット


      

沿岸と外洋では何が違うのでしょう?最も考えられる事は、時化に遭遇した時の荒天のレベルが違いますし、また、沿岸であれば港に逃げ込めるが外洋の場合は耐え抜かねばならない。この事が全く異なる性質のヨットを生み出す事になります。それとコストが大きな要因です。

日本にあるヨットの多くは沿岸用ですが、昨今の沿岸艇は幅が広くなりデッキが高くなって、そのお陰で広いキャビンを得る事ができる様になりました。その為、排水量は重くなり、重心も高くなったわけですが、しかるにバラスト比は低くなっています。でも、大丈夫。広い幅はフォームスタビリティーと言って安定性に寄与します。こういう沿岸艇の安定性の面を考えると、例えば大波をくらって転覆すると、そこで安定して起き上がれないかもしれない。でも、沿岸なのでそういう想定は必要ありません。

つまり、沿岸艇の安定性は外洋での転覆時に起き上がれるかどうかでは無く、そういう想定では無く、沿岸でのセーリングに対する安定性という事になります。そして、この安定性はフォームスタビリティー+バラスト重量(形状もありますが)に対するセール面積の比という事になると思います。強風でオーバーヒールしても、リーフすれば安定性は高くなる。つまり、この安定性はセール調整で変化させる事ができる事になります。

いわゆる腰が強いヨットが良いとか言われますが、見方を変えれば、その分遅いでしょとも言えます。もし、もう少しセールが大きかったらもっと速く走れます。その代わり、強風時にはリーフをすれば良いという事になります。ここの処はバランスに対する考え方の違いで、どっちが良いという問題では無いのでしょうが、クルージングという点からすると多少セール面積が小さい方が楽です。リーフのタイミングは遅くて良いわけですから面倒くさく無い。しかし、別の考え方もあって、旅は殆どエンジンを使い、、旅以外ではデイセーリングを楽しむとか、そういう観点になると、セール面積はある程度は大きくしてスピードを得たいという考え方もあります。要は個人次第ですから、同じ沿岸クルージング艇でも、細かく言えば、そこらあたりの違いを見るのが良いかもしれません。

一方、外洋艇なら、船体はより重心を下げたいし、頑丈にしたいし、バラスト比も上げたい。これは転覆に対する復元性を高める事で、安全性の問題です。さらにこれに帆走性能を高くするなら、セールエリアを広げ、バラスト重量も上げ、船体重量を軽くする。でも、船体剛性も必要なのでそれに見合う工法を取り、またハイテク素材を使う。その結果コストはよりかかる事になります。

さて、デイセーラーはどうでしょう?デイセーラーは明らかに沿岸用です。と言っても、それは居住空間が狭いからであり、スタビリティーという面から見ると外洋的でもあります。幅は狭いし、バラスト比は高いですから。でも、目的はそこでは無く、セーリング重視です。如何にセーリングを楽しめるようにするかが重要になります。その為に排水量を軽くする事が当然行われ、シングル想定なので幅は狭めで、その結果フォームスタビリティーは低くなるのでバラスト重量を高くする。デッキは低く、重心も低い。このバランスレベルが帆走性能に大きく影響しますが、もうひとつ、軽いだけではセールフィーリングが良く無いので、船体は軽くしながらも船体剛性を高くした方がセールフィーリングは良くなるので、それぞれの工夫があります。例えばハイテク素材を使わないにしても構造と工法でそれを実現するとか、それはより職人の手間を要求します。デイセーラーは全般的に高いレベルでの帆走性能とセールフィーリングを得ていますが、それをさらに高めるのはハイテク素材という具合になっていく。特に速いデイセーラーの場合です。

デイセーラーのスピードのバリエーションは広く、クルージング艇からレーサーレベルまで網羅しています。それをシングルで容易に操船できるというのが最大の特徴でしょう。全般的に速いのがデイセーラーですが、そのレベルは乗り手側が選ぶ事ができます。ただ、例えクルージングレベルのスピードだったとしても、セールフィーリングは全く異なります。それは船体剛性の高さや海面に近い事、さらに操作フィーリングなんかも違います。

スピード性能においてどれが良いという事にはなりませんが、でも、想像するに、例えば、クルージング艇の速いレベルからレーサークルーザーレベルのスピードがあれば多くの方々が気持ち良く遊ぶに十分ではないかと思います。それをシングルでしかも容易に自由自在に操船できる。これが面白く無いはずがありません。SADRで言えば20前後から25前後、もちろん、それ以下も以上もいろいろあるのがデイセーラーです。

でも、一方で、キャビンは狭い。ですからクルージング艇とは言いません。でも、近場なら充分旅も楽しめます。結局、沿岸用のヨットとデイセーラーは、旅と居住性を重視するか、セーリングを重視するか、それによってこの二つは全く異なる性格を持つヨットとして誕生しています。簡単な話、旅好きかセーリング好きかという問いかけです。



そして外洋艇に関しても安全性は当然必要ですが、そのうえでセーリングも重視するかどうかです。何故なら、外洋ロングではエンジンでは行けません。セールを使います。そうなると、セーリングでも速い方が一日の行動範囲が広くなるから良いという考え方もあります。下の写真はそういう外洋艇でハイパフォーマンスのアルコナヨット、CE規格では当然Aのオーシャンですが、さらに波高7m、風速28mの状態で最低でも5日間連続して走れるという規格なのです。しかし、沿岸のみでしたら、そこまで必要は無い。でも、沿岸でも、こんなヨットで走るセーリングの滑らかさは気持ちが良いし、時化ても不安感を抱く事も無い。



どんなコンセプトだろうが求めればきりが無い。でも、いくら求めても完璧は無い。そういう意味ではヨットは妥協の産物と言えます。ですから、妥協なきなんてキャッチフレーズを使ったりしますが、それは嘘です。必ずどこかで妥協してます。ですからそのヨットのポイントを見つける。それに大いに役立つのがSADRの数値だと思います。何故なら、この数値に他の要素もバランスするからです。SADRが15なのに船体にハイテクを使う事は無いでしょうし、SADRが30もあったら船体は当然軽くして、その為にハイテクを使う。但し、これも完璧では無く、船体剛性とかは造船所に寄るとは思いますが、でもかなり役立つデータではあると思います。ですから、最初は見た目で気に入るヨットがあったら、このSADR値を計算してみます。これである程度の判断がつく。そのうえで、安定性はどうなのか、船体剛性はどうなのかと見て行きます。安定性は幅とバラスト重量、そして剛性はその構造や工法、但し、最近ではこれらのデータを出していない造船所も少なく無いので、造船所に直接聞きますが、データはできるだけ出して欲しいと思いますね。

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