第七十六話 新しい建造方法(セミカスタム)


      

興味ある方は少ないかもしれませんが、敢えて、セミカスタムの話です。FRP建造するにはモールドが必要な事は既にご承知かと思います。一般的には雌型モールドで、その内側にグラスを積層していきますが、このモールドを造るコストがかなり高い。ですから、プロダクション艇として何艇もモールドから型抜きするという前提が無ければ、割に合わない事になります。ところが・・・

素材は何だか良く分かりませんが、ある大きな樹脂の塊であっと言う間にモールドを造る事ができる様になりました。コンピューターにデザインデータを入力しさえすれば、後は機械が勝手に動いて、あっと言う間に、その樹脂を削ってモールドが正確に出来上がる。これって、恐らく3Dプリンターの技術だろうと思います。この場合は雄型モールドです。何故雄型かというと、恐らく、雌型にすると、何艇も抜く程の強度は保てないからだろうと思います。雄型なら塊ですからまだ強度はあります。

それで、これがどう役立つかと言いますと、セミカスタムやカスタム建造には画期的となります。従来、こういう場合はモールドを使わない木造やアルミで建造していました。一艇だけを造る簡易モールドというのもありますが、この新しい作り方は簡単に型を造れるという事です。この新しい方法はFRP建造での可能性を広げたと思います。

例えば、船体やデッキのデザインを少し変えて、ああしてくれ、こうしたいという要望があっても、すぐに対応できるという事です。雄型モールドですから、このモールドの上にグラスを積層していきます。そして最後の積層が終わったら、表面を整える為にフェアリング(サンディング)するという手間は確かにかかります。
雌型モールドなら、型から抜いたら出来上がりになります。内側は見えない部分になりますからそのままでも良い。表面は既にゲルコートの色が表面に来ます。

雄型モールドの場合、フェアリング後にハル塗装をしますが、例えば、ダークブルーとか赤とかの濃い色になると、ゲルコートは硬い塗料ではありますが、紫外線に強く無いので、2,3年で色褪せてきますので、今時は殆どゲルコートを使いません。雌型に積層する時はゲルコートを使いますが、型から抜いた後、ゲルコートをサンディングして、それからダークブルーなんかを塗装します。より手間かかりますね。

この塗装に使われるのがオールグリップです。紫外線に強く、また硬い塗料でもあります。但し、硬化剤を使わない。と言う事は硬化するのにかなり時間がかかります。通常、スプレー塗装しても表面は凸凹になりますが、例えば、一般ウレタン塗料ですと、硬化後、非常に細かい2000とか3000番とかでサンディングして整形しますが、傷をつけている事には変わりません。見た目はピカピカですが。

オールグリップは硬化剤を使わず、ゆっくり硬化する間に表面張力で表面が平らになります。つまり、全く傷つけないで表面を整形できる。ところが、ゆっくりなもんですから、その間に空気中のゴミが付着したらいけませんので、それなりの設備の整った塗装ルームで行われます。このメリットは紫外線に強く、硬いというだけでは無く、汚れが付きにくい。

さて、上の写真はそんなセミカスタムハルの内側の写真ですが、内側がモールドにあたる箇所なので、整形がとっても綺麗ですね。このメリットは、内側にこれから設置するストリンガーやバルクヘッドがぴったりと合うという事です。雌型モールドの場合はハル内側形状に合わせて加工する必要がありますし、しかも、それは毎回同じでは無い。或は、大量生産艇でしたら、内側もモールドで型抜きして、それを船底にパテ接着すれば、今度はバルクヘッドが合わせ易くなる。でも、これでは船底やデッキに積層はできない。


このヨットの場合、ストリンガーにはカーボンを使っています。全て船底とデッキに積層しています。これによって船体剛性は非常に高まります。

デッキにしても同じで雄型モールドで型抜きしますが、特にデッキ上ではウィンチの位置を変えたり、追加したり、ブロック位置やメインシートのトラベラーさえ位置を変える事ができます。そんな時に、この工法は非常に役に立つ。

一般的には、なかなかこういうセミカスタムのヨットを建造する方は少ないのでしょうが、こういう世界もどんどん進化しています。と言う事はセミカスタム艇の建造は世界的にはそれなりの需要があるという事になります。

カスタム艇はデザインからスタートしますが、セミカスタムの場合は基本デザインは既に出来てます。標準仕様というのもあります。ただ、それらを多岐に渡って変更する事ができる。自分仕様の自由度が非常に高いと言えます。
しかし、それだけに技術が高い造船所で無ければ、こういう事には対応できないですね。それと、こういう世界を知る事は非常に勉強になります。どういう造り方をしているかは、その品質そのものになります。と言う事で、たまには、こういう情報もと思い書いてみました。

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