第九十話 何故、カスタム?


      

プロダクション艇の中に自分が求めるコンセプトにピッタリのヨットが無い時は、また、妥協もしたくない時はカスタムという世界があります。これはもう究極という事になりますね。何が究極って、自分の求めるコンセプトに限りなく近づく事ができる。と言う事は確たるコンセプトを持っている必要があります。

プロダクション艇にも素晴らしいヨットがたくさんあります。でも、敢えて言えば、そのコンセプトはより多くの人達の価値観に沿う様にしなければ、プロダクション艇として数多く建造するという目的に合致しなくなります。ですから、ある程度の妥協は仕方が無いものです。そこをもう少し突っ込んで、求める要素を最大限に発揮させたいとなりますと、カスタムという世界が待っている。

世界には多くのカスタム専門の造船所があります。スーパーヨットなんかは当然そうなりますが、そこまででかいヨットでは無くても、カスタム、セミカスタムの造船所は、日本では殆ど知られていませんが、案外、海外には少なくありません。

カスタム建造は比較的大きなサイズが多いのですが、中には30フィートのデイセーラーを建造した方も、海外にはおられます。それは、大雑把な分類であるクルージング艇とかレーサークルーザーとか、一般的なカテゴリーに囚われるのでは無く、どの程度のキャビンで、どの程度の帆走性性能で、どんなデザインで、等々、もっと突っ込んだ処を求める事になります。だから、究極なんですね。

そういうヨットは当然ながら品質レベルも非常に高い。あらゆる部分に職人の技術を投影させます。それは、構造的な要求レベルが高く、それに対して職人の技術が必須となります。その方が絶対、排水量のコントロールとか船体剛性のコントロールとか、帆走性能とかがよりコントロール可能になります。特に、表面からは見えない裏の部分はやはり大きく違うものです。

実は、これまでに、そういう艇を2艇手掛けた事があります。元々社名にカスタムと入れたのも、そういう意図があったからですが、この度、3艇目を手掛ける事になりました。上の図面は47フィート、水線から上はクラシックに、水線以下は最新のモダンデザインです。

高い帆走性能、デイセーラーの操作性、さらにロングの旅もできるコンセプト。一般的な沿岸クルージング艇程の大きなキャビンは求めていない。比較的シンプルで、それでいて入念造られた内装、本物を感じさせてくれます。船体がサンドイッチ構造でバキューム建造であるのはもちろん、バルクヘッドもサンドイッチ構造にし、一部の内装部分にはハニカム構造のサンドイッチも採用しています。また、ストリンガーはカーボン製です。

レーサーの様な操作とスピードを求めているわけではありません。あくまでプライベートにおけるヨットライフです。だからと言って、沿岸クルージング艇程巨大なキャビンを求めているわけでも無い。それより、デイセーラーの様なイージーハンドリングや帆走性能、デッキの高さも低めで、幅もスリム、でも、デイセーラーよりは広く、充分なのです。後部側を2キャビンにする事も可能でしたが、オーナーは敢えて、それを選択する事は無く、前後にひとつづつで充分との事です。

艤装についてもいろいろ協議を重ね、図面も変更してもらったりもしました。上記の図面は、まだ概要を示す図面に過ぎません。また、工期は約1年を要します。プロダクション艇に比べれば相当長い期間を要しますが、そういう造り方をしているわけです。見えない隠れた裏の部分も、当然ながら表も実に美しい。このヨットの建造プロセスについては、また別途に建造プロセスをご紹介したいと思います。


カスタムはどんなサイズでも造る事ができます。しかし、全くの無から最初の一歩をスタートするとなると、かなり大変な作業が必要になります。しかし、概要デザインだけは既にあるという場合は、それをベースに変更したりする事ができますので、これだけでも遥かにやり易くなります。

下のデザインは同じデザイナー、同じコンセプトの55フィート(写真)、その上のサイズには66フィートという実績が既にありました。今回は、それを47フィートとして新しくデザインされたものです。45フィートでも可能だったわけです。要は、このルックスのデザインとこのデザインが持つコンセプト、そして高いクオリティーがオーナーのご要望に合致したわけです。





このデザインコンセプトは、前述しました通り、デイセーラーとクルージング艇の中間的な位置づけになると思います。もちろん、パワーアシストをフルに活用し、シングルハンドをも視野に入れています。時代は変わりつつあります。

この30年、キャビンは広ければ広い程良いとして、各社が競争してきました。そのお陰で、今の沿岸クルージング艇は実に大きなキャビンを持っています。しかし、本当にそんなに広大なキャビンが必要だろうか?その恩恵を受けてきただろうか?そこに囚われて、逆に旅やセーリングを気軽に楽しんでこれ無かったという事は無かったか?そんな疑問も持ち上がってきています。セーリングも旅も、もっと気軽に楽しめるようにという要望も聞こえてきます。

幅が広く、高さも高くとなれば、広いメインサロンが出来上がります。しかし、一方で、帆走性能を犠牲にしたり、取り回しに苦労したり、それを何とか、操作面においてはスラスターやメインファーラー、電動ウィンチ等々の技術によってカバーしてきました。しかし、そもそも、そんなに広大なキャビンが良いのか?そこに居住する目的なら良い。でも、ヨットライフとして考えた場合はどうだろう?

この30年、クルージング艇のキャビン拡大競争があり、一方で、デイセーラーという、これとは真逆のヨットも数多く建造されるに至り、ここにきて時代は新しい潮流が生まれてきています。もちろん、クルージング艇もデイセーラーも、その目的において素晴らしいヨットです。ですが、その両極が、それぞれ進化すればする程、両者の違いはより大きくなり、実際、そうなってきました。そこで生まれた新しいコンセプト、デイセーラー/ウィークエンダー/クルーザー、全ての分野において、高いレベルでこなせるヨットです。こう言いますと、オールマイティー的なニュアンスですが、実際、そう言えますが、ただ、昔とは違って、船体を建造する技術の進化、艤装品の進化が、高いレベルで全てを可能にしています。

もちろん、その技術で、より快適なキャビンや、もっと速いヨットなんかも建造できます。しかし、そうでは無く、我々が本当に求めているものは何か?ここでやっとオーナー側の思いが優先されて、そこに高いレベルで合わせる技術ができてきたという事ではないかと思います。


ある造船所は言います。ただ、速いだけなら、そうむずかしくは無い。ただ、快適キャビンだけなら簡単です。しかし、どちらも高いレベルで活かすというのは簡単じゃ無い。

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