第六十七話 バーゲンボート

新艇ヨットの価格を見ると、昔に比べて、今のヨットの価格は決して上がってはいない。人件費
や材料費、燃料、そういった物のコストは確実に上がってきている。ところが、ヨットの価格は
そうでは無い。それどこれか、随分安くなっているのもある。それで、車のように大量生産によ
る恩恵かと言うと、そうでも無いようです。世界のヨットの新艇の進水数は、昔の方が多かった
そうです。それに比べると進水件数は下がってきている。もちろん、日本の比では無いですが。

これからヨットをやろうとするエントリーレベルの市場において、今の世代はこだわらなくなったそ
うです。つまり、ヨットを可愛がるという見方ではなく、海に出る単なる道具としか見ないという事
です。そうなると、メインテナンスもあまり必要が無く、安いヨットが良いという事になってきた。
彼らは、昔のように詳細にはこだわらない。それで、大量生産ヨットビルダーが進む道は、いかに
新規参入者を獲得できるかにかかっている。

今やヨーロッパの造船所はこの新規参入者を獲得する為に価格戦争に入っていると言える。価格
は様々な仕様の中の最も大きな要素になっている。チャーターボートビジネスと個人のオーナーを
いかに獲得するか、それが大きな課題となっています。一旦大きくなったジャイアントビルダーは
後には戻れない。とにかく、新規マーケットを獲得するしか生き残る道は無い。だから、こぞって、
そういう方向へ向かっている。

こういう流れが起こるのは必然で、賛否あるだろうが、確実に進水件数を増やしていく事になるで
しょう。そうやって、新しいオーナーが次々に増えて、マーケットは拡大していく。そして、次のステ
ップへと進んで行く。ジャイアントビルダーが新しいオーナーを次々に生み出し、そして、オーナーと
なった彼らは、やがてもっと違うビルダーの方に流れて行く。これはジャイアントビルダーの宿命で
もあり、彼らは常に新しい世代の変化に対応していかなければならない。

一方で、ジャイアントでは無いビルダーもたくさんある。彼らは中小規模生産で、どちらかと言うと、
価格的には少し割り高ではあるが、経験あるオーナー達を獲得しようと、自分達のコンセプトを明確
に打ち出し、既に持っているオーナー達のコンセプトと照らし合わせる事になる。コンセプトが合うか
ディテールはどうか、そしてもちろん価格は予算内にあるかという事が重要になる。価格は重要な
要素ではあるが、全てでは無い。ディテールにもある程度こだわるし、ヨットを単なる道具というより
可愛がるという姿勢にもなる。

そして、予算をふんだんに持ったスーパーリッチは価格にもこだわらない。つまり、個人オーナーの
マーケットは時代が進むにつれて3つに分れてきた。もちろん、昔からある事ではあるが、それが
賢著に現れてきたと思います。ひとつはエントリーレベルのバーゲンボート、そして、経験のあるオー
ナーの少しこだわりのあるヨット、そして、超リッチなスーパーヨット。そして、各ビルダーはこの三つ
のうちのどの路線を進むか、選択を強いられる事になる。

ただ、あれとこれと比べて、単純に安い高いというより、自分がどう考えているかが先決では無いで
しょうか。日本では、まだまだヨットの浸透率が低いせいか、みんなごちゃまぜという感じで、ちょっと
高いヨットになると、なかなか入れない。初心者も経験者も同じレベルで考える事が多いように思い
ます。だから、予算ある人でも安い方に流れやすい。ところが、一方ではブランドに弱いところもあ
り、高くてもブランドの高さによっては入ってくる。極端過ぎるような気がします。最も安い物から、最も
高い物と極端なのです。その間にはたくさんのヨットがある事を知ってほしい。その中から自分に合う
物を見つけていただきたいものです。全くこだわりが無く、価格が安い物が良いという事であれば、そう
いう中から選択すれば良いし、ちょっと自分のコンセプトが出てきて、ある部分にこだわりが出てくると
そういうヨットもある。つまり、ヨットがどんなジャンルにあるのか、自分がどんなジャンルを選びたいのか
そういう事を考えて選択すれば、迷いは無くなる。

こういう動きは日本のマーケットにも良いかもしれません。新規参入オーナーを増やし、マーケットを拡大
する手法としては良い。ただ、その後ヨットに乗らないとなると、所有した期間は長いものの、自分のコン
セプトも出来あがってこないし、ヨット見る目も養われない。解らないからブランドに走るというのはどうか。
どんなヨットだろうが、乗る事でのみ先に進めるのですから、乗らないんなら、何でも良いという事になる。
それで、どんなヨットを購入しようが、乗る事をお奨めします。そのヨットが良かろうが、悪かろうが、乗ら
なきゃ良いも悪いも解らない。乗れば、自分自身についても解るし、それに対するヨットも解る。そうしたら
自分がどうだったらハッピーかが解る。オーナーがハッピーなら、マーケットは健全だと思います。

ところが、みなさんあまりハッピーには見えませんね。所有しているだけでハッピーなら、何も言う事は
無いのですが、そうとは思えません。例えそうであっても、乗るともっとハッピーになれます。じっとしていて
はハッピーになれません。それどころか、置いているだけなら、それがあなたのハッピーを奪い取る事に
なる。置いているだけで、ヨットはどんどん傷んでしまう。そしてある日突然、高い修理代を支払わされる事
になる。乗って、乗りまくって、良い所も悪い所も知って、次のステップ、次のハッピーを獲得して下さい。
もし、乗って合わない、ヨットは自分には合わないと判断したら、売ってしまえば、そのヨットはもはやあなた
のハッピーを奪い取る事は無い。でも、大抵、もっともっと先に進みたくなるものです。乗れば面白いという
事が解るからです。解れば、どんな風に乗るのが最も自分に合うかが自然にわかってくる。これが次のス
テップに進む合図でしょう。

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