第七十九話 ソフトウェアー

パソコンはただの箱ですが、その中にあるソフト次第ではすごい事ができる。もちろん、
ハードとしての機能も必要ですが、機械がいくらりっぱでもソフトが無ければ、やはり、
ただの箱になってしまう。この事はハードもソフトも持ちつ持たれつの関係にあります。

世の中あふれるばかりのハードがありますが、それに伴ってソフトも充実させねばなり
ません。ヨットも同じで、世界の多くの造船所はハードを供給してくれますが、ソフトは
コンピューターのソフトのように、ポンとインプットするわけにはいきません。ハードが
どんなに立派であっても、それに伴うソフトが重要です。逆に、素晴らしいソフトであって
も、それに伴うハードも対応しなければならない。

ヨット界は圧倒的にソフト不足なのかもしれません。たくさんのヨットがありながら、ソフト
不足の為にハードがその機能を発揮できていないのかもしれません。それで、ヨットの
ソフトについて考えてみます。

ソフトはヨットの持つ機能をいかに発揮させるかにかかっています。ヨットの機能とは、
ヨットで何ができるのかという事ですから、まずはセーリングするという事でしょう。それに
キャビンがありますから、このキャビンをどう使うか、それにエンジンもついていますから
エンジンで走る事もできる。問題はこの先、それらを使って何ができるのかという事にな
ります。セーリングについては、これまで散々書いてきましたので、あらためて書く必要
は無いと思います。セーリングを主体にセーリングを楽しもうというのが私の主旨です。
でも、せっかくあるキャビンを使わないというのではありません。キャビンを含めて、ヨット
で何ができるのか、これを考えます。

雨の日には、書斎として使う。自宅に自分だけの部屋を持つ方も、ヨットを書斎とすると、
全く外部から邪魔される事無く、日頃読めなかった本をじっくりと読めます。こんな時には
ビジネス本では無くて、小説などが良い。或いは、一杯飲んでうたた寝しても良い。ヨット
は個室になります。風の無い日はセーリングを諦めて、エンジンルームを開けて、エンジン
を整備しても良い。きれいに掃除するだけでも充分です。或いは、日頃のセーリングで感じ
る不具合などを整備したり、工夫するのも良い。また、エンジンで出かけ、どこかにアンカー
を打って、そこで読書も良い。家族を連れて海水浴、釣りもできる。コクピットで寝転がって
ぼ〜っとしてるのも良い。思いのままです。ヨットは雨の日も風の無い日も使えます。一度
読書なんかしてみてはいかがでしょうか?近くの宅配からピザを取って、ワインなんか飲んで
みるのも良い。フランスパンにチーズをつけてワインなんてのもうまいもんです。たいそうな
ご馳走を考えると気軽にはできませんから、簡単でできるうまい工夫が必要です。ある奥さん
ヨットに行くのを嫌がります。それは家でも家事が大変、ヨットに行ってまで家事はしたくない
そうだ。それはごもっとも。セーリング中には大抵ラーメンかコーヒーぐらいしかギャレーを
使わない方も、雨の日や風が無い日は、ちょっと工夫して、旦那が作る。後片付けを簡単に
する為に、紙コップや皿なんかでも良い。自宅とは違うキャンプ気分を味わってみてはいかが
でしょうか。例え、ギャレーが無くても、キャンプ用品の店に行けば、たくさんの道具が揃って
います。ヨットは雨の日も時化た時も、風の無い日にも使えるのです。今度の雨の日に、是非
読書をしてみてください。じっくりと、読む事ができます。そして、そのままうたた寝しても良い。

うまい具合に風がある時はもちろんセーリングします。できれば、10分以内に出航できるように
しておいた方が良い。エンジンかけて、暖気運転、ブームカーバーをはずして、おっと、ビルジ
も見ておきましょう。出航前と帰航後には必ずビルジを見る。出航にあまり時間がかかると、
帰ってきてからも同じように時間がかかる。面倒になるといけません。ヨットを大切に思う気持ち
でデッキフルカバーというのもありますが、あれは長期間乗らない時以外はやめた方が良いと
思いますね。

時と場合にもよりますが、ゲストが居る時は、それなりのセーリング、のんびりでも良いし、ゲスト
にセーリングを楽しんでもらう。舵を握らせて、真っ直ぐ走ってもらう。この真っ直ぐも簡単そうで
最初は真っ直ぐ走れずに蛇行したり、どうしても左か右に偏る人も居る。だから良いのです。
そこでちょっと教えてあげれば、ゲストもたったそれだけで楽しめる。或いは、ジブシートウィンチ
をまわしてもらったり、簡単な理屈を教えて、簡単な作業を手伝ってもらう。その方がゲストも
面白い。ゲストがヨット経験者なら、或いはゲスト無しのシングルハンドなら、それは俄然セーリ
ングに集中してみます。いかにスムースに速く走るか、いかにタッキングをスムースにこなすか、
ヒールを味わい、操作を味わい、神経をセーリングに注ぐ。こういう時にこそ、ヨットの最大の
醍醐味が味わえます。ヨットは数々の楽しみを与えてくれますが、セーリングこそがヨットのエッ
センスです。こういう時はシートはおろか、バング、メインシートトラベラー、バックステーアジャス
ター、ハリヤードテンション、舵の操作、そういう物を使いこなし、最高の走りを目指してください。
そして、運が良ければ、何とも言えない感覚に遭遇する事があります。全てが整う時があります。
非常に静かで、スムースな帆走と自分が一体になったような、これは実際味わってみないと解ら
ないでしょうが、後で思うと自分が溶けて無くなったような、何も考えていない無になったような、
そんな気分です。レースでは勝ち負けを気にしますから、そんな気分にはならないでしょう。ただ
の自分だけのセーリングですから、できる事です。勝ち負け、うまいへた、何も考えずに走る時
最高の時がやってくる。これがセーリングの最高のエッセンスだと思います。もちろん、これが
最高だとは思いますが、いつもうまい事はいきません。でも、風が強くてスリルを感じたり、セール
カーブを工夫してみたり、そんな集中した作業、いかに良い走りをするかに集中している時、それ
を面白く楽しんでいる時に、突然、全てが整う時が来る。

こんな日は気分は最高になります。帰ってきてから、のんびりコーヒーなんか飲んでてもその感覚
は残る。くつろぐというのはこういう時が最高です。ヨットはのんびりできるが、最高の走りを味わっ
た時ののんびりこそ、最高ののんびりです。最高のくつろぎの為には、最高のセーリングの後が
最も味わえる。ですから、全ては最高のセーリングを目指していれば、セーリングをしていない時
でも、ヨットの最高が味わえるのです。これがスポーツセーリングをお奨めする最大の理由です。

初老の熟年夫婦が描く、のんびりしたクルージングも良いでしょう。パイロットハウスで遠くに旅を
するのも良い。でも、少しでも上達して、バタバタ慌てなくてもうまくなってスムースにセーリングが
できるようになって、時には最高の走りをしていただきたい。ヨットはうまい人程バタバタ動かない
ものです。スポーツとは言っても、激しく体力を消耗する必要は無い。慌てず、少しづつ上達を目
指して、自分のペースでセーリングをしてください。何も激しく動き回るのがセーリングでは無いし、
ただひたすら真っ直ぐ走っているだけでも整う時があるものです。かっこいい言い方をすれば、そ
れは自分がヨットと一体になる時だと思います。一体になって無になる時だと思います。その為に
はセーリングに神経を集中して、できるだけの操作をしていると、ある瞬間にふっとそういう時が来
る。そういう時が来た時は、本当は自分では解らない。そりゃそうです。無になっているんですから。
きれいとか、爽やかとか、何にも考えていない時ですから。そして後で、我にかえって感じるのです。
ですから、くつろいだ時にそれを思い出すのです。これは年齢には関係ない。誰でも、初心者でも
味わえる。だから、セーリングしましょうと言っています。これをみんなに味わってもらいたいと思う
からです。そうしたら、セーリングが面白くなり、キャビンが楽しくなり、読書が楽しくなり、スリルが楽
しくなり、メインテナンスが楽しくなります。ヨットの最高の究極のソフトウエアーだと思います。

最高のソフトがここにあります。微妙なセールトリミングがどうこうとか、そんな理屈は大事かもしれ
ないが、最高では無い。絶対条件ではありません。集中してセーリングして、自分の最高を目指す
だけです。後は、これを実行するかどうかにかかっています。

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