第八十二話 スピード

この時代、変化のスピードはすさまじいものがあります。100年の歴史ある会社が
あっという間に無くなり、それに変わって、数年で大きくなる会社が出てきた。10倍
のスピードで目まぐるしく変化しています。この変化についていくのは大変な事でし
ょう。ですからストレスも溜まる。人の心も変わって、最近は昔では考えられないよ
うな犯罪も多くなった。みんなが求めた発展は便利と快適をもたらし、その代わりに
犠牲にしたものも多い。そこで、スローフードとか、スローライフというのが流行ったり、
そういうのが言葉として叫ばれるのは、現実はそうでは無いからですね。そこで、いろ
んな変化が起こり、その変化がきっかけとして、次の変化の準備になる。

ヨットが動かないのは一時的な現象で、それを見て、これは変だと気づき、次の変化
を引き起こすきっかけとなる。それがいつかは知りませんが、やがては、ヨットに対する
認識が変わり、みんなのヨットの使い方も変わると思います。今はまだ遊びに対する
認識も欧米とは違うし、仕事に対する意識も違う。当然、ヨットに対する認識もことなる。
この認識が徐々に変わっていくでしょう。

ヨットをたいそうな物と受け止めない。単なる道具のひとつ、自転車のような身近な存在
そうなる日も来るかもしれない。そうなったら、ヨットを道具として、手段として、使いこな
せる時代になるかもしれません。

便利さも極まれば、逆に、シンプルで、自分の手で、体で動かすという方向が求められる
ようになるかもしれませんん。家に居れば快適で、どこ行っても便利で、何の不自由も
無く、全てはオートマチック、そんな事を遊びには求めないかもしれません。自分の体を
動かす魅力、それによって反応する魅力、自分の腕が上達していく魅力、もっともっと、
シンプルな次元での魅力が求められるかもしれません。日常の生活は便利と快適と
スピードを求め、遊びはいたって原始的、このふたつの相反するギャップが、遊びの醍醐
味、ボタンひとつで走ってくれる物には何の魅力も無い。

ヨットは面倒くさがってはいけません。今のヨットは昔に比べて、非常に便利です。でも、
それでも面倒くさがる人がいる。何から、何まで、自分が考えて、体を動かして、はじめて
反応する。そこが良いんじゃないですか。面倒くさがっては、面白味が無くなってしまう。
この段階を超えなくてはなりません。

クルージングヨットと称して、何もしないやり方が、だんだん変わっていく。考えて、工夫して
そして走る。その反応を楽しむ。それが面白い。パソコンのバーチャルの世界では無く、
実態のある活動です。そういう事が面白いのです。今はそれに気づいていないだけです。
人間が作る遊びには限界がある。テレビゲームが面白いと言うけれど、限界がある。でも、
自然相手の遊びは際限が無い。ゴールが無い。ただ、その時、その時を味わうだけです。
人間、ゴールが無いと頑張れ無い。でも、頑張る必要は無い。頑張って、頑張って疲れ果て
ゴールにたどり着いたら、瞬間の喜びはあるものの、再び次のゴールに向かう。生きている
間中頑張り続けるのは疲れます。頑張って得たゴールも、結局は無くなってしまうものです。
それで、時にはゴールの無い、その瞬間の感覚を大切に、充分味わうというのは、ストレス
が無い。ゴールのような得るものは無いけれど、永遠に残る味わいがある。

ヨットを味わいましょう。自然を味わいましょう。ヨットは他のものと違って、ただ自然の中に
居るだけでは無く、自然に対して積極的に、自分の体を使って働きかけるものです。それが
良いのです。

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