第九十一話 東欧圏の造船所

価格競争が激化していくと自然の成り行きとして、人件費が安いところに製造業は
移転していく。中国は世界の工場となりつつある。ヨットに関して言えば、台湾やも
っと南に下がったタイなどにも造船所がある。かつては台湾がボートの製造に関し
ては人件費が安かったのが、台湾の人件費も徐々に上がり、今度はもっと南に移
転する造船所も増えた。かつて70社あまりあった造船所も今では半分以下になっ
たらしい。

ヨーロッパでのヨット界も同じで、今日の価格競争は工場の合理化と製造過程の
簡素化によって価格をできるだけ抑えている。さらに、日本と違って移民が多いせい
もあり、人件費の安い彼らをたくさん雇っている。でも、移民がヨーロッパに住む限り
人件費を抑えるのにも限度がある。ところが、ここに東欧での造船所が進出してきた。
日本では聞いた事も無い造船所がたくさんあるようです。まだまだ我々が知る造船
所を追い越すまでには至ってはいないようだが、現在の価格競争の激化は、既存
の造船所同士の競合もさることながら、こういう東欧圏からの進出の影響が大きい
のではないだろうか。台湾からもヨーロッパに進出しているが、彼らのヨットはみんな
でかい。50フィート前後からオーバーというサイズが多い。量産艇モデルへの影響
は少なかった。でも、東欧圏は違う、25フィート前後から、40フィート前後と、まさ
しく、西ヨーロッパの量産艇のジャンルとぶつかっている。

私もいくつかの東欧圏のヨットを見てきましたが、意外に悪くない。高級とは言わ無
いが、結構良くできてる。多分、西側ヨーロッパの連中が人件費の安い東欧に投資
して建造させていたりするのかもしれません。あるヨットはバルクヘッドもきちんと
積層してあるし、仕上げもなかなか良かった。それで、これらのヨットはまずは西側
のヨーロッパに輸出される。この低価格が西側ヨーロッパの造船所の驚異になり、
その刺激は西ヨーロッパ造船所を価格競争に駆り立てる。

あるアメリカの造船所、カスタムを建造する造船所であったが、国名は忘れてしまい
ましたが、職人はみんな東欧圏出身だった。造船所のオーナーの話によると、彼らは
昔から造船については技術レベルは高いという事だった。この造船所の場合、高い
価格で販売していたので人件費が安いから雇っているわけでは無く、技術を雇ってい
る。その証拠に高い給料払っているそうだ。

デルフィアヨットも同じ。1999年に設立されて、あっという間にヨーロッパに進出、たっ
た6年間で220名の従業員に膨れ上がり、近代的設備を擁して、オーストラリアやアメ
リカにも進出してきている。これは実にあなどれない。アメリカという国はブランドがどう
であれ、自分の目で吟味して、良ければ買うという国民性がある。今後のアメリカでの
進出はもっと大きいものになるだろう。しょせん東欧圏と馬鹿にはできない。

西ヨーロッパの造船所に比べると建造艇数がまだまだ少ないが、徐々にボートショー
への進出も数多くなり、東欧圏のボートショーもたくさんあるし、西ヨーロッパのボート
ショーへの進出も果たしている。それに2002年、デルフィア29はヨーロピアンメダル
という賞を取っている。ボートオブザイヤーというジャンルにはまだ入れてくれないようだ
が、アメリカでデルフィア40がその候補に挙がったというのが意義があるのかもしれない
徐々にその存在が無視できなくなるだろうと思う。

安いという価格をアピールする限り、今後は東欧圏にもっていかれるのではないだろうか
という事は、他の製造業も同じように、西ヨーロッパの造船所も東欧に工場を移転する
という事になっていくかもしれない。でも、既に数多くの造船所が東欧圏にあるのである
から、そこはどうなるか。デルフィアヨットもまだヨットは4モデルしかない。それが、今後
どんどん増えていくと、これはもはや西ヨーロッパの造船所では太刀打ちできなくなるか
もしれない。

そこで西ヨーロッパの造船所は工場移転かもしくは差別化を図るか、という事になるだろ
う。もはや価格競争では勝てなくなる。合理化にも限界がある。場合によっては徹底的に
合理化されて建造されたヨットより、安い人件費で手造りされた東欧圏のヨットの方が良い
かもしれない。台湾では彼ら国民がヨット遊びをする事が許されなかった。でも、東欧圏は
違う。それにアメリカの造船所が雇っていたように技術はあるのだとしたら、後は資本投下
とデザイン、素材、という事になるが、それらは簡単に移転できる。技術を移転するのは、
簡単では無いが、その他はそう難しくは無い。

これからは東欧圏のブランドヨットか、或いは西ヨーロッパブランドでも東欧圏で建造される
ヨットが台頭してくるかもしれません。いや既に東欧圏ブランドは進出しています。
ドイツの代表格的企業、シーメンス社は労働集約的な製造部門を東欧圏に移転する事を
検討しているし、研究開発部門さえもその検討に入っているらしい。その理由は賃金だけ
では無く、優秀な人材が多い事を上げている。もうひとつの悩みはドイツ国内において、マ
ネージメントを目指す人材は多く、製造関係を目指す人材が少ないらしい。いずれはマネー
ジメントだけをやるようになるのではないかという声もあるそうだ。
ヨーロッパの経済圏が統合され、資本のみならず人材の移動などが加速される。そういう中
にあって、西ヨーロッパの製造業は東欧諸国を無視できない事態のようです。ポーランドでの
約10年ぐらい前になるが、月給約4〜5万円程度らしい。それに民族、宗教上の対立も無く
教育レベルも相当高いそうだ。それになにしろ活気があるという事らしい。

それでヨーロッパに残るのは、少量建造の高級志向ヨットやハイテクヨット、そういう風に変
わっていくのではないか。

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