第五十五話 アドリブ

ジャズという音楽はアドリブが命と言われます。メンバーが一緒にその曲のテーマを演奏して、その後、順番にアドリブを展開します。ただでたらめにやってるわけではありません。ちゃんとしたルールの中で自由に演奏し、それが素晴らしいと大拍手。

これはヨットに乗ってるのと同じとも言えなくも無い。伴奏である波や風がどんどん変化すると、これはもっと難しいかもしれませんが、それに合わせて、その中で自由自在にヨットを操り、その緊張と緩和の中で美しいハーモニーを作れた時は最高なのです。演奏でも聴衆が感動するだけでは無く、プレーヤーも感動するそうです。ヨット乗りも同じ事を違うやり方でやってる。ヨットの基本操縦は同じでも、組み合わせが人によって違う。だから、アドリブなのです。ちょっと無理のあるこじつけのような感もありますが、ご勘弁。

うまいアドリブをするには基本のひとつひとつの操作が大事になります。何でも基本と言いますが、そうですね、同感です。良い演奏家になるには練習が必要です。いくら好きでも、嫌な事もあるでしょう。でも、結局好きだから続けられる。それで、いつか、才能があれば素晴らしいジャズマンになれる。ヨットのオーナーはこのジャズプレーヤーとちっとも変わらない。決まった道路も無い、自由自在です。より良い、緊張と緩和の帆走をするにはどうしたら良いか、うまいプレーヤーは研究し、練習し、独自のスタイルを造りあげます。ヨットでも、同じように研究し、練習していけば、独自のスタイルができるかもしれません。

なにもたいそうな、と思うかもしれませんが、どこまで行き着くかは別としても、そうやって行った方が面白いじゃないですか。

ジェノアだけだとどんな走りができるか、メインだけだとどうか、その両方ではどんな作用が起こるか、ジェネカー1枚だけで走るとどんな感じか、清水も燃料も満タンにした時と、全部殆ど空にして、できるだけ荷物も下ろしたらどんなに違うか、タックに何秒かかるだろうか、ジャイブはどうか、同じ風の中で、どの方角に走るのが最も速いか、せい一杯の上り角度は何度で上れるか、バウに荷物を載せるとどう変わるか、中央なら、スターンなら、どうなるか、何度ぐらいヒールさせるともっともスピードがあがるか、フルセールでオーバーキャンバスにならないぎりぎりは何ノットの風だろうか、シングルで全くオートパイロットを使わずに走るにはどうしたらいいだろうか、タック時にジブシートを楽々引くにはどういうタイミングがいいか、考えれば無数に試してみたい事はある。これ、みんな遊びです。

遊びが面白いと夢中になる。夢中になる事は探究心が芽生えてくる。これは研究です。遊びです。
やれ、冷蔵庫がどうの、温水がどうの、と言ってるより、遊びに夢中になった方が面白い。そんなこんなしばらくやり続けていますと、きっとそのうち、自分が素晴らしいアドリブのプレーヤーになっている事に気づくでしょうね。そうしたら、奥さんを乗せて、その素晴らしいプレーを味合わせてあげてください。その余裕のあるプレー、無駄の無い動きに、奥さんは感動するかもしれません。ちょっと大袈裟でしたかね。こじつけも甚だしいと言われそうです。

考えてみますと、家族がヨットに来ないのは、面白く無いからです。面白く無いから、魅力を感じてないから、友達を優先するし、日焼けが嫌だと逃げる。家族を喜ばせる為には、まずは自分が楽しんで、楽しんで、夢中になって、研究して、練習して、全部面白がって、上手なプレーヤーになる必要がある。エアコンがあるから、温水が出るから、キャビンが広いから、来るわけじゃない。それなら家に居た方が快適ですから。陸上では味わえない、別世界を味わえる、それが感動ものなら、これに勝るものは無い。

これら全部を総称して、スポーツです。スポーツクルージングをしましょう。アドリブをプレーしましょう。好きなヨットで思いっきり遊びましょう。勉強しましょう。大人になって思う事は勉強は楽しいという事です。子供の頃に解ってれば、良かったのですが。

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