第六十四話 トラベラーの位置

メインシートのトラベラーはコクピットにあった方が良いと言い続けてきました。ヨットはいろいろありますが、セーリングを重んじるという意味では、そういうヨットはみんなメインシートトラベラーがコクピットにある。ですから、デイセーラーはみんなトラベラーはコクピットか、その後ろ、決してキャビンの上ではありません。レーサーもスポーツ系もみんなそうです。そして、クルージング艇と称するヨットだけがキャビンの上にある。これだけは見てすぐに解る事です。

古い中古艇なんかも、大抵はコクピットにあります。でも、いつの間にか、キャビンの上に移動してしまいました。これは明らかにヨットに対する考え方が変化した証拠かと思います。今の目をもって見れば、重い、明らかにクルージング艇としてしか見えないヨットでも、トラベラーはコクピット、それが移動したのは、明らかにセーリング以外に意識がシフトしていったからだと思います。

つまり、セーリングよりも、コクピットの快適性です。それに応じて、コクピットは広くなって行った。広々としたコクピットにテーブルがある。そうなりますと、トラベラーは邪魔物以外何ものでも無い。
こんなところからセーリング離れが始ったのではないか、セーリングよりもクルージングを主に考えるようになった。すると、セーリングにおける、あのしびれるような感覚を得た事があるような方々は少ないのではないかと想像します。得た事が無い事は想像できません。想像できない事はできない。よって、もっとセーリング離れがおきる。

欧米のように、マリーナが社交の場であれば、それもまた楽しい使い方がある。マリーナに居るだけでも、楽しく過ごす事ができる。家族も老若男女もみんな楽しめる社交の場、それがあってこそ楽しめる。欧米にはそれがある。トラベラーがキャビンの上に移動したという事は、マリーナが遊び場になったという事、これなしでは片手落ちではないか。これは欧米から来ています。その欧米はマリーナが社交の場なので良いわけです。ところが、日本には無い。マリーナは昔のままで、トラベラーだけがキャビンの上に移動してしまった。

その欧米でさえ、再びトラベラーがコクピットにあるヨットが増えている。それは再びセーリングに戻る事を意味している。メインシートは車のアクセルのような物です。このアクセルが遠くにあるのと、近くにあるのとでは全く異なる。舵の目の前にあるだけで、操作しようという気になる。コクピットにあると邪魔だと言う考え方があります。その通りなのです。コクピットの団欒を邪魔するものです。
それで良いのです。団欒は内に向い、これが邪魔されれば外に向かう。みんなの意識が外に向かう。セーリングに向かう。それで良い。そういうヨットです。みんなで走って遊ぼうという主旨ですから。その方が良いんです。

どこか旅行に行って、そこでヨットに乗せてもらう。自分で操作するのでは無く、乗せてもらう。それならトラベラーはコクピットにあってはならない。主旨が違う。現地の風景を楽しんだり、おしゃべりを楽しんだり、そういう事が目的です。想像ですが、欧米にはチャーターヨットの会社がたくさんあります。最初の発想はこういうチャーターヨットを考えて、トラベラーを移動させたのではないか?まあ、それでも、個人オーナーにとっても、マリーナが社交の場であったから、それでも良かったのかもしれません。

そんな中から、再び、トラベラーをコクピットに取り戻してきています。個人オーナーが楽しむには、特に日本なんかのようにマリーナが社交の場で無いなら、その方が良いと思います。クルージングの方も再びクルージングからセーリングへと、セーリングの味わいを取り戻して頂きたいと思います。欧米はヨット先進国ですが、何でもかんでも日本に合うとは限らない。トラベラーがコクピットに来ただけで、意識は少し変化して来ると思います。舵操作をして、目の前にあるシートを操作します。トラベラーを左右に動かすのも簡単にできるので、それをする。それをすると変化が出ます。
遠いとそういう事はめったにしなくなる。その前に、コクピットにはお客さんが居るんですから、そういう操作はお客さんの邪魔です。

トラベラーが遠くにあるヨットは、団欒を楽しむヨット、暴言かもしれませんが、トラベラーなんか要らないのです。シートさえあれば良い。主旨をきちんと捕まえていた方が、返って楽しむ事ができると思います。ですから、家族を誘いましょう。仲間を呼びましょう。マリーナを歩いている暇そうな人でも誘いましょう。同僚でも、飲み屋のおねえさんでも、誰でも誘って、とにかく団欒を楽しむ。それが主旨ですし、そう割り切った方が、その主旨を明確にした方が今よりももっと楽しめると思います。

トラベラーをコクピットに持ってくる人は、団欒よりもセーリングを楽しむ事が主旨です。そういう方はいかにセーリングするかを考え、頭脳と感性のゲームを楽しみましょう。主旨をきちんと捕まえると、楽しさの方向性がきちんと出てくる。それ以外しないというのでは無く、主たる遊びは何かが明確になる。よって、もっと進めて、濃縮させて、もっと楽しむ事ができるようになると思います。

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