第五十九話  全体像を掴む

本を読みますと、各艤装の役目、扱い方等の解説が書いてあります。大抵は、セールの上を流れる風がどのように揚力を発生させ、それが推進力になるかという解説がなされています。その後は、各艤装の役目と操作の仕方などの解説があります。各部を詳しく知る事は大事な事ですが、その前にヨットの全体像を把握しておく事が必要なのだろうと思います。

ヨットは風を推進力に変えて走る。その際、ジブとメインのセールの形と風に対する角度を調整する事によって、風を効率良く推進力に変える。それと、走る方角を決める舵の操作。やるのはこの三つだけです。船体がどうこう、キールがどうこう、バラスト比が、と言いましても、これはもう調整する範囲内ではありませんので、どうする事もできません。やるのはこの三つをいかに調整するかになります。

舵が曲がれば進行方向が変わる。舵が曲がる時は水流の方向を変える。この事は抵抗を増やす事であり、抵抗が増せばスピードは落ちる。つまり、舵は方向転換するのに欠かせない装備ではありますが、それ以外は、できるだけ切らないで、抵抗を少なくする必要があります。しかしながら、真っ直ぐ走る為にも、舵の微妙な操作は必要で、その微妙な操作以外に舵はできるだけ切らない方が良い事になります。セールの調整具合によっては、舵を切った状態でないと真っ直ぐ走れない事がありますが、それは舵で抵抗を大きく作りながら走る事になり、舵への水流の負担は非常に大きい事になります。舵はできるだけ真っ直ぐ。その方がスピードも上がるし、舵への負担も少ない。舵を切らないで良いようにセールを調整する事になります。水流の抵抗は非常に大きいですから。

セールはどうかと考えますと、大きなカーブを造る、できるだけ浅いカーブを造る。その範囲でカーブの調整となります。大きなカーブは大きな揚力を生み、浅いカーブはその逆。車で大きなカーブを曲がる時、スピードが出すぎますと曲がれなくなります。スピードが速い分大きな遠心力で、外に出てしまいます。つまり、風が速い時、大きなカーブを曲がると風が乱れてしまう。それに大きな揚力は出るものの、それは大きなヒールとなり走れなくなる。よって、風のスピードに見合うだけのカーブを作って、風がスムースに流れるようにする。風が強ければ強いだけセールのカーブを浅くしていかなければ、風の流れが乱れてしまいます。

逆に、風が弱い時、セールカーブが浅ければ、充分な揚力を得る事ができないので、カーブを深くする必要があります。遅い風のスピードはカーブが大きくても風が乱れる事無く、スムースに流れる。弱い風はカーブが深くても、浅くてもスムースに流れやすい。車のスピードが遅いと、どんなカーブでもちゃんと走れるのと同じになります。ですから、その風に対して、丁度良いカーブはどのくらいかというのは難しい問題になると思います。

セールのもうひとつの役目はヨットの進行方向と風の方向に対し、そのカーブを造ったセールをどのくらいの角度に設定するかになります。つまり、セールのカーブをいかに造り、それを風に対してどの程度の角度に設定するか、この丁度良い組み合わせを見つけると、その時の最も効率が良い状態になり、スピードも出る事になります。そのカーブと角度の為にいろんな艤装がある。しかも、複雑にからみあい、ひとつを動かすとそれだけでは無く、他にも影響を与える。たったカーブと方角なのですが、アナログ式に膨大な組み合わせがある事になります。ただ、風が同じであり、そこにヨットの進行方向が変わるのであれば、セールのカーブは変えずに、角度だけを変える。逆に、進行方向が同じで風だけが変わるのであれば、角度は変えずに、カーブを変える。

ヨットの寛大なところは、この組み合わせがいい加減でも、走る事ができるというところです。つまり、初心者でもちょっと慣れさえすれば、すぐにヨットを走らせる事ができる。後は、最も効率の良い状態にどれだけ近づく事ができるかです。それも風速はいろんな状態がありますから、そのたくさんの様々な状態で、最も効率の良いカーブと角度はどこにあるのか?それを追求していくのがセーリングという遊び、しかもある一点に調整しないと全く走らないのなら、答えを見つけるのは簡単ですが、どんな状態でも走る事は走る。でも、その一点を見つけると最高の走りになる。そういう遊びという事になります。

セールのカーブと風に対する角度、それを調整する為にいろんな艤装があります。その艤装をこうすると、こうなるという風に考える事もできますが、逆にセールのカーブをこうする為にはどの艤装をどうすれば良いかという風に考えますと、各艤装の作用を考えれば、なるほどこうすれば良いというのが解ってくる。

難しいのは、この風に対して、どういうカーブと角度を作れば良いのかという事になります。それが解ったら、艤装の操作はたいした謎ではありません。しかし、この理想的カーブと角度、これが謎であります。セーリングは謎解きゲームでもあります。この謎は徐々に正解に近づく。近づけば近づく程、スムースになり、スピードが上がる。おまけに波という、これまた流動的な要素も加わり、ますます複雑にしてしまう。でも、いい加減でもヨットは走る。このいい加減な設定から、理想的な設定まで、どこのポジションでもヨットは走る。どこに居ようと自由です、どこまで謎解きゲームをするか、この謎を意識していないと、いい加減で止まってしまうかもしれません。

この謎に一歩一歩近づくにつれ、動きはスムースになる。スピードも増す。より快走が味わえる。セーリングはそういうゲームなんだろうと思います。知性も必要だし、観察力も変化を感じ取る感性も必要になる。しかし、これなしでも走る事はできる。自主性任せという事になります。求める人は求めて面白さを味わう事もできるし、求めない人でも違う遊び方もある。

ヨットのさらに寛大なところは、帆走を求める遊び以外にも、様々な遊びを提供している事です。コクピットとキャビンを使って、セーリング以外の遊びもいろいろ考えられる。そっちを主体にもできますし、それをセーリングの合間の息抜きにもできます。

我々が楽しみを求める時、現代はいろんな物があって、お金させ出せばいろんな接待をしてくれます。でも、真に面白さを味わうには、自らが動く必要があります。これはいくらお金を積んでも同じでしょう。本当の面白さはやる人全員に与えられるものだと思います。逆にやらない人には解らない。面白いヨット遊びをするか、そこそこか、いい加減か、全部自分任せ。実に大人の遊び。どれが良いわけでもなく、自分の面白さはどこにあるのか?

その中で、ヨット最大の面白さは、この謎解きゲームにあると思います。その謎がひとつ解ける度に、実に気持ちの良いフィーリングを味わう事ができる。そして、時折、偶然にもピタッと合う事があり、おまけみたいなもんでしょうが、そういう時には感謝ですね。こんな快走があるんだと教えてくれます。

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