第六十七話 情報社会

今の時代、情報こそが重要と言われます。情報を買う時代でもあります。しかし、敢えて言えば、果たして、そんなに情報は重要なのでしょうか?もちろん無価値なんて言いません。重要である事は重要です。しかし、今の世の中情報は垂れ流し、インターネットにもたくさんの情報がつまっていて、いつ、どこででも入手できます。おまけに、かなり技術的な事も調べる事ができます。情報が入手しにくい時代、インターネットなんか無い時代こそ、情報は重要であります。

今、何が重要なのか、価値があるのか?物があふれる時代には物は重要では無い。情報が溢れる社会では情報は重要では無い。たくさんある情報の中から、いかに役立つ情報を選び出すかという方が重要でしょう。それこそ無いものこそが重要、貴重、価値があるという事になります。そういう観点でヨット社会を見ますと、ヨットは日本にはたくさんはありません。しかしながら、望めば、いくらでも世界には提供してくれる造船所があります。つまり、ヨットは溢れているという事になります。日本にヨットはたくさんはありませんが、その情報は溢れているという事になります。

溢れた情報は貴重ではありません。その気になれば、誰でも、情報を集める事ができます。ヨットを入手しにくい時代であれば、どんなヨットが良いかという事は二の次で、入手できるか否かが重要であり、入手できるようになったら、どんなヨットが良いかという情報が重要になり、情報が溢れると、いかに使いこなす事ができるか?それはもはや情報というより、ノウハウ、技術、インターネットには掲載できない体験的な乗りこなしのノウハウではないでしょうか?

以前に習熟という事を書きましたが、まさに、ヨットが溢れ、情報が溢れる今日では、その先のいかに乗りこなしていけるかという技術こそが、最も重要なのではないかと思います。いかに情報があり、いかに知識があっても、それだけではもはや価値はあまり無い。それより、実際にいかに操船する技術を持っているかが、重要ではないか、価値があるのではないかと思います。その技術で、いかなる面白さを味わっていけるのか?

現代のヨットを見ますと、フル装備という言葉が浮かびます。考えられるあらゆる装備が設置されてきています。しかしながら、これら全部の知識を持ち、使いこなし、メインテナンスを自分でしていくのは大変な事です。これらが今後無くなるとは思いませんが、もっと極まると、次はやはり基本に戻って、いかに操船するかという事が重要になるような気がします。必要な物だけ設置する。シンプルになる時代。これは装備だけでは無く、何でもかんでもから、絞り込んで、この部分において最高を求めるという時代になっていくのではないか?

つまり、これからは、いかにヨットを使いこなしていけるかが重要なのではないかと思います。所有しているだけでは充分ではなくなってきたと思います。大きなヨットが良いという時代では無い。大きなヨットを使いあぐねているとしたら、小さなヨットでも使いこなしている方が良い。どんなヨットでも使いこなせるかどうかが重要ではないでしょうか?

そうなりますと、質という問題がクローズアップされていくのではないか?同じセーリングでもその質の違いが重要になります。乗れば、乗るほど、質が重要になります。どんなフィーリングを与えてくれるのかです。デイセーラーの登場はまさしく、それを暗示しているような気がします。いかに使いこなせるか、そしていかなる質を持っているのか?質はヨット本体もそうですし、操船する技術にも同じ事が言えると思います。

これからは、ヨットを遊ぶ時代では無く、操船を遊ぶ時代になるのではないかと思います。ヨットは乗って遊ぶ事もできますが、操船して遊ぶ事もできます。今までは、乗って遊んできました。しかし、それでは物足りない時代になり、いかに操船するかの時代で、やっぱり、いかにして、いかなるフィーリングを得るかという時代ではないかと思います。それは、自分自身で作っていく以外に方法はありません。自分の経験を積み重ねるしかない。という事は、楽に操船できて、高い質のセーリングを得られるかが、重要になると思います。これはもうデイセーラーそのものです?
ちょっときついこじつけでしょうか?

我々の社会は、他人が持たないものこそが貴重であります。世界にひとつしかないものは貴重であります。そうやって物を対象に価値観は構築されてきました。しかしながら、今日では物が溢れてきました。物はもはや重要では無くなります。では他人が持たないもの、簡単に入手できない物とは何か?これからは操船する技術ではないか、いかに乗りこなしていけるかという技術、そこに価値観がシフトしていくのではないかと思います。動かせるから、いかに乗りこなせるか?そこからセーリングの質が問われ、これがまたヨット本体にフィードバックされ、ヨットの質も問われる事になります。フル装備から、質へと変わる。

こじつけっぽい感じの文章ですが、ヨット本来の操船して遊ぶという面白さ、そこから感じるフィーリングの喜び、そういうのがヨットを遊ぶうえにおいて、基本的な遊び、ヨットの本質であるような気がして、こじつけてみました。ご勘弁。

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