第二十六話 シンプルな良さ

過去を振りかってみますと、これまでの歴史は物を増やす事と便利さの追求でもありました。だからこそ、買い替えの時にはサイズアップが常識だったし、装備もどんどん増えるのが常識で、それに伴う便利さを求めてきたわけです。

しかしながら、ここにきて様相は少し変化を見せています。物が増えた、装備が増えた、便利にはなったが、それのどこが面白いのか?そう考えるようになった方々も少なくは無いと思います。サイズアップしたお陰で、出すのが億劫になった。昔居たクルーも居なくなった。オートパイロットがあるから、それに運転を任せるので、楽になった。でも、それの何が面白いのか?広いキャビンは何が面白いのか?充実装備は何が面白いのか?

最近では、買い替えに対してサイズダウンされる方がおられます。冷蔵庫や温水等不要と言われる方がおられます。キャビンだって、そんなにでかくしてどうする、と言われる方がおられます。何も、世界一周するわけじゃ無し、そんなに装備は要らないよ、と言われる方がおられる。あっても、殆ど使った事無いと言われる方がおられます。

そんな事より、気軽に来て、気軽にヨットを出して、セーリングのフィーリングをシンプルに味わってくる。キャビン無しじゃ寂しいが、若干のスペースがあれば充分、今じゃ必要な物は全てコンビニで調達できるから、そこで買って、ヨットに来れば簡単な事。たいそうなのは、乗るのも大変だ。そういわれる方がおられます。

シンプルが良い。気遣い無くて良い。本質な所さえ充分に味わえれば良い。手軽が良い。お気楽が良い。美しいのが良い。帆走性能が高いのが良い。簡単が良い。それにヨットが全てというわけでも無い。

物が不足していた時代は、物欲が旺盛ですから、物に走ります。サイズが大きい方が良いし、何でもある方が良い。でも、便利にはなったが、それで面白くなったのか、と問えば、疑問が残ります。そこで、今度は、物では無く、本当に面白くするには、どうしたら良いか?と、こうなる。それが今から起きる現象ではないかと思います。

物は無いよりはあった方が良いと考える。それもありでしょうが、良く考えたら無い方が良い事もある。ある事によって、それが邪魔なら無い方が良い。あっても意味が無いなら、無い方が良い。これまでは、それらに関係無く、あった方が良いと思ってきましたが、再考の余地は充分にあると思います。あった方が良い。あっても構わない、無くても構わない。あった方が良い。あってはならない。本当に面白く遊ぶには、一体どうなのか?

かつて、ヨーロッパのある造船所と話をしていた頃の事ですが、日本で売るかどうかの話で、標準仕様でついてるか、ついてないか?オプションで付けられるかどうか?たくさんの質問に対して、向こうの答えは、何故、そんなにたくさんの物を付けないと遊べないのか?というようなものでした。これには、ちょっと考えさせられました。セーリングを遊ぶには、充分な装備が標準として設けられている。それ以上は、そんなに多くは無いはずである。装備が多くなるに従って、その時は満足だが、やがては邪魔に感じる事もある。一体、ヨットに何を求めているのか?

そこで、これからのヨットはシンプルが良い。必要な物は多くは無い。しかし、少ない物に対しての質は問う。物は少なくても良いが、良い物は良いフィーリングを与える。フィーリングの為にセーリングするわけで、良いフィーリングを得る為には良いヨット、たくさんの物、は要らないが、満足いく品質はほしい。

サイズも大きい必要は無いが、美しさがほしい。バランスの良い設計、滑らかなセーリング、いろんな操作をする事が遊びになるわけだから、操作をする事は構わない。操作しないで良い便利さなどは不要である。遊びがひとつ減ってしまうから。でも、年齢の事もあるから、操作はするが、操作は楽に出来るものが良い。大きな力を要するのは困る。楽に操作できて、帆走性能が良いヨットが良い。

シンプルで良い。いや、シンプルが良い。ただ、シンプルでも質にはこだわる。美しさにはこだわる。だから、色もライン1本でもこだわる。セーリングの質にもこだわる。船底塗装の色にだってこだわる。そうなったら、シンプルが自慢になる。

物から質へ、これからはそういう時代。たくさんの物は要らないかわりに、品質が重要。そういうシンプルでも良いが、質にこだわるのは、これからは、フィーリングの時代に入ると思います。全ては、自分のグッドフィーリングの為に。物で満たすのはもうやめにして、自分のフィーリングを重視していく。量より質とは良く言われたものですが、それがやっとヨットにも適用されるようになるのかな、と思います。

たくさんの物を必要とするヨット、必要とする乗り方もある。しかし、多くは無いはずではないか、大半はシンプルな方が、より面白いし、快適になるのではないでしょうか?

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