第五十九話 豊かさ

我々が求める究極の目的は、この豊かさにあると思います。心の豊かさです。これは言葉を変えれば、楽しい、面白い、幸福、充実、そういう事になると思います。コツコツ働く、株や為替で儲かる、遊ぶ、飲む、打つ、買う、何でもそうですが、最後には豊かになりたいからやっているだけだと思います。豊かさを感じたいのだと思います。

その中の遊びの部分で、ヨットという手段を使って、この豊かさを味わいませんか?というのが、私の仕事、ヨット業者の仕事という事になります。でも、このヨットで遊ぶという手段が、豊かさを得る為では無く、そのまま目的になっている事があります。ヨットがあれば、それで豊かになるわけでは無い。クルージングに出れば豊かになるわけでは無いし、セーリングするだけで豊かになるわけでは無い。では、何か?と考えますと、旅に出れば、その時の味わい、セーリングすればその時の味わい、そういう味わいを充分に味わう事ではないでしょうか?

何かをしている最中にも、次の事を考えます。今度、誰々ちゃんを誘おうとか、今度は何しようとか、これがあればもっと楽になれるのにとか、いろいろです。それでは味わう事ができません。せっかくの味わいを台無しにしています。振り返ってみますと、セーリングしながら、違う事を考えて、何か充実感や面白さを感じた事は無い。これがあれば、もっとこうならと考えても何も充実感はありません。それより、その瞬間はその感じを味わい、無いものねだりでは無く、何とか工夫しようとしたり、そういう事の方がはるかに充実感を味わえる。考えるのは終わってからで良いのではないでしょうか?人は何かをしながら、違う事を考えるからこそ、豊かになれないのかもしれません。

そこで、考えられる事は、豊かさは心で感じるもの。そこに頭脳が邪魔をしてきます。頭脳は、ヨットをいかにうまく走らせるかに専念させねばならない。そして、その結果を感じとるのが最も豊かな乗り方ではないか?セールを良く観察して、シートを引いた方が良いのか、出した方が良いのか、バランスはどうか、他の調整は必要か?それらに集中する事が、味わいを得る心を邪魔せずに、充分にその瞬間を味わえるのではないでしょうか?頭脳を集中させる為には、常に向上を意識していなければなりません。幸い、ヨットはレベル的に、非常に高いレベルまでありますから、飽きる事も無いし、自分のレベルを常に向上させる事ができる。しかも、自分が今どのレベルであろうとも、構わない事になります。つまりは、今楽しんで、一生楽しめるという事になります。

レベルを上げる為に、知識も技術も大切ですが、それもこれも味わいあっての話です。とりあえず、動かせるようになったら、まずは、今のレベルで、セーリングそのものを充分味わう事が大切ではないでしょうか?人より遅いにしても、未熟にしても、今できるセーリングを味わう事が先決で、それから、知識、技術を増やしていく。そうしたら、今度はまた別の味わいが味わえるようになる。
前にも書きましたが、0.1ノットのスピードを求める事は、手段であり、本当はその0.1ノットが欲しいのでは無く、その行為によって起こる何かを味わう為だろうと思います。ですから、クルージング派の方がレースはしないからと避けるより、やった方が面白くなる。

そういう意味で、バックステーを引き、バングを調整し、トラベラーを調整する。ただ、知識としてするのでは無く、それによって、何が変わるのかを観察する気持ちが必要かもしれません。この観察も最初は何が違ったかは解らない。でも、自分のレベルが上がるにつれて、今まで解らなかった事に気付いていくのではないかと思う次第です。意外に思われるかもしれませんが、セーリングに限らず、例えば、何かのネジがちょっと緩んでいたり、はずれかかっていたり、そういう事さえ気付くようになると思います。確かに、そういう人が居ます。うまい、へたの問題ではありません。

そうなってくると、どうなるか?セーリングを誰よりも、充分に楽しむ事ができるようになる。技術的にどうかは別として、心がヨットやセーリングに馴染むようになる。これが、ヨットを楽しむのに、最も大切な事ではないでしょうか?何も、ヨットの達人にならなければならないわけでは無く、楽しむ達人になった方が良い。その方が豊かになれるのではないかと思います。

それで、TPOに応じて、ゲストを楽しませてあげたいなら、そこに徹する。セーリングを味わいたいなら、そこに徹する。そして、充分に味わう事に徹する。それが良いと思います。そうやっていきながら、そのうち、自分が最も楽しい、面白い、充実感とか、そういう豊かさがどこにあるのかが解ってくる。そうしたら、それをメインにしていけば良いのではないでしょうか?家族をよんで、仲間をよんで、宴会したり、ヨットに泊まったり、そういうのがピンと来れば、必然的にそういうヨットがぴったりだし、旅にしても、セーリングにしても、どういうヨットが合い、どういう乗り方をすれば最も豊かさを感じられるようになるかが明確になります。

兎に角、頭で考えるから失敗します。長い間信奉してきた頭、これが失敗の元ではなかったか?自分に合う合わないは、頭では無く、感じが一番なのではないかと思います。これまでは頭脳偏重だったから、物の豊かさはありましたが、心の豊かさは無かった。これからは、心の豊かさを得る為に、頭脳をちょっとわきへ。セーリングしながら、遠くへの旅を思い、旅をしながら、早く到着しないかと思う。それが豊かさを減じる事になるのではないかと思います。これでは、いつまで経っても、本当に味わいたい事が何か、解らないのではないでしょうか?

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