第89話 スポーツフィッシャーマン

さて、突然ではありますが、ボートの話題です。実は、これからスポーツフィッシャーマンという
トローリングでカジキを釣るというボートを取り扱う事にしたからです。何で突然と思われるかも
しれませんが、この種のボートは並々ならぬこだわりがあるのです。格好だけではありません。
違いが大きいだけにやりたいのです。

かつてはできれば30ノットはトップスピードでほしいという方が多かったのですが、近頃は巡航
で30ノット或いは33ノットという方も珍しくも無いのです。フィッシングポイントは遥かかなた、そ
れも釣り場にいち速く到達するにはボートスピードが欠かせないのです。遠くへ出かけると時化る
事もある。その時化の中でも安全で充分に走れるボート、波を被らず、安心できるボート、こういう
ボートが望まれます。

これを実現するには頑丈な船体は当然であります。重心も低く、そして船型が非常に重要です。
ヨットに比べるとボートの船型はどれも船底がV字型をしています。これがヨット程度のスピードなら
問題は無いのですが、高速で走行するとバンバン船底を海に叩き、もうこれは地獄、これが延々
何時間も続く。最も、ボートが嫌いになる点です。

さて、理想的な船型とはディープV型と言われます。ただのV型では無く、深いV型です。つまり、ス
ピードが上がれば、それに従って船底のV型を鋭くして、波に叩かないように、波を切って進むよう
にしなければなりません。デッドライズという言葉をご存知でしょうか。船体を平らな所に置いて、
その平らな地面と船底のなす角度の事を言います。つまり地面は平らでその上に立っていますか
ら最大角度、左右が90度、でもこれはありえない。90あると船体はただの板になってしまう。
バウ側をエントリーとも言いますが、波に対してまっ先に入る個所です。ここはできるだけ鋭角でなけ
ればなりません。有名なジャネスというデザイナーによりますと彼のデザインは42フィートボートにお
いてエントリー59度です。という事はデッドライズは左右対称ですから、バウの角度は180度マイナ
ス59x2=62度、つまり、180度という平たい面からしてバウ本体の船底角度は62度しかない。
しかも、フレアーと言って、船底から上部へ上がるに従ってカーブはマイナス曲線を描く、それもすごい
マイナスです。これによって波は鋭いバウで切られ、波が上に上がるに従って、船体は外側にマイナス
曲線を描いていますので、その形状に合わせて波が上がる。しかし、マイナスカーブの為、デッキ上ま
では上がりきれない。だから、デッキはドライなのです。そして波に叩かない。このデッドライズは後部
に行くに従って滑らかに、緩やかになり、最も後部のスターンでは、ジャネスによりますとデッドライズ
20度です。恐らく、殆どのボートはこんなには無いのです。

さて、このディープV型が最も荒波に強い事は知られています。でも、何故か、そういうボートは殆ど見な
い。デッドライズが大きくなると船内スペースが狭くなる。これが大きなポイントです。売る為には船内を
広く見せた方が売れるのです。これはヨットも同じ。だから、造船所は緩やかなV型というような言い方
でごまかしています。それもこれもキャビンを広くする為なのです。それで実際の時化に遭遇すると、途
端に走れなくなる。バタン、バタンともう走れない。時化た時にはいかにキャビンが広かろうと役には立た
んのです。それからもうひとつ、ディープV型というのは波には強い、しかし、浮力が少なくなるんです。つ
まり、同じサイズ、同じ重量ならフラットな船型の方が早くプレーニングします。という事はディープV型艇
はより高馬力のエンジンを必要とするんですね。それで、浮力を持たせる為に船底の両サイドに三角の
細長いチャインというものを持っています。これは三角の底部はフラットにして、片舷に数本づつあります。
これが浮力を増す。でもこれが大き過ぎると波に叩く要素となる為、難しい。これをうまく組み合わせるのが
プロのプロたる所以、デザイナーの良し悪しです。

スポーツフィッシャーマンはトローリング状態に入るとヨット程度のスピードでルアーを何本も流し、カジキの
あたりを待つ。ヒットした時は魚はありとあらゆる手を使って逃げようと試みます。命かかってますからね。
右や左、この時いちいち舵を切ってても間に合わない。そこで幅を広く、つまりエンジンとエンジンの幅を
できるだけ取る。最近の流行ではスロットル/ギヤレバーをシングルにして、左右のエンジンに1本づつ、
それも左右にわかれている。右手で右の、左手で左のレバーを持って、ステアリングなんか操作しません。
パワーのあるエンジンで右レバーを入れれば即座に左に切れる。実に細かい動きを瞬時にします。そうで
なければならんのです。こういうパワーのあるエンジンですから、デッドスローでなんと7,8ノットぐらい出る。
ヨットからみれば凄い速さ、それもデッドスローなのです。これではマリーナの出入港などは危険極まりない。
そこでトローリングバルブなるものがある。これはデッドスローからもっとスピードを下げる事ができる、停止に
まで持っていける装置なのです。そして左右のエンジン回転を同調させる為にエンジンシンクロナイザーがあ
る。

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