第二十一話 東京ー博多

距離にして600マイル。遠い?近い? ホームページの最初に世界地図を掲載し、各造船所の位置を示しました。アメリカや北欧でヨットを建造しているわけですが、そこから日本に運んできます。その距離を見ますと、東京と博多の距離なんてのは、問題になりません。海外から見たら隣という感じかもしれません。

この世界地図で言いたい事は、広い世界から見れば、日本は小さいわけで、東京だの九州だの、あまりこだわる必要は無いのではないか、という事です。あるアメリカ人は、ヨットをフランスに置いている。ニューヨーク在住の人は、冬はフロリダにヨットを移動する。そんな感覚を持っている。

距離感は長い間の環境によってつくられてきたものですから、急にそれを変える事はできません。しかし、この世界地図を見ると、そういう距離感も少しは変える事ができるかもしれません。実際に何マイルあるかという事実が問題では無く、その距離をどう感じるかが重要です。そのフィーリングこそが、大袈裟に言えば世界が違ったものに見えてくる。

世の中には事実があって、その事実だけでは何の意味もありませんが、それをどう解釈するかによって、事実に意味がもたらされる。つまりは、解釈次第という事になり、それは個人次第という事になり、世界は事実では無く、解釈とフィーリングで造られているという事になります。という事は、世界は頭脳の中にあるとも言えます。

ヨットという事実、セーリングという事実、クルージングやレースやピクニック、それらの事実が重要なのでは無く、それをどう感じるかが重要で、それ次第で、楽しめたり、楽しめなかったり。

長い間、ほったらかしのヨットがたくさんありますが、忙しいという事実、いろんな環境的事実はあるでしょうが、それが問題では無く、どう考えているか次第という事になります。遠い、近い、大きい、小さい、速い、遅い、みんな捉え方次第という事になります。

世界地図を見ますと、東京と博多なんてのは、お隣さんみたいなものですね。事実を事実のまま見ますと、たいした事は無いのかもしれません。でも、知らず知らずの解釈が、世界を変えます。ひょっとしたら、世界をヨットでクルージングして回る人が、日本人には少ないのは、この感覚のせいかもしれません。

ガリレオが、それでも地球は回ると言ったとか言わないとか? それと同じような事があるのかもしれません。その解釈によって、世界はコペルニクス的転回をするのかもしれません。ちょっとオーバーですが。

我々は、我々が考える、解釈する、感じる世界で生きる事になります。東京と福岡が、すぐそこと感じる人と、すごく遠いと感じる人とでは、生きている世界が違う事になります。ヨットを趣味とする人の間でも、どう考え、どう感じているかによって、ヨットの世界は異なります。

冷静に理論的に考えると、自分のスタイルが見えてくるのではないでしょうか?どうせ、自分が解釈した事実は、感じた事実は、事実では無く、自分というフィルターを通過させていますから、事実では無くなっています。という事は、解釈し、考え、感じた事が重要なのではないでしょうか?そこを冷静に見ると、自分にとって必要な事が解るかもしれません。 重要な事は、他人のフィルターでは無く、自分のフィルターである事を解っている事かもしれません。他人のフィルターで見ても、それは自分の世界ではありませんから。 

先日、ヨットハーバーのミーティングがありました。保管艇を増やす方法についてです。あるアイデアとしては、何も近場の人達に限定して考える必要は無く、もっと広い範囲、東京のオーナーが福岡にヨットを保管しても良いじゃないか?魅力さえあれば、可能であります。距離感をいかに縮めるかにかかっています。600マイルという事実は、ヨットで走れば遠く感じ、飛行機で飛べばすぐです。    

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