第七十二話 スピード

風が強くなると必然的に速くなります。セールには大きなパワーがかかり、走らせようとしますが、船体の方がブレーキをかける。それは重量でもありますし、船底の汚れとか、接水面積、形状もあります。ですから、できるだけブレーキをかけない事が重要になりますので、それでも船体は変えられないので、せめて、船底だけはきれいにして、水がスムースに流れるようにしてやる事になります。

仮に船底が汚れている時、大きなパワーがセールにかかると、上部側はどんどん走らせるパワーがかかり、船底側は大きなブレーキをかけますから、車で言うならサイドブレーキをかけたまま走るようなもので、マストには大きな負担がかかります。

また、ウェザーヘルムが強くなって、舵を切ったままの状態でしか走れないのなら、舵が大きなブレーキとなっている。だから、セールからパワーを抜いて、舵が抵抗を作らないようにする事も必要です。ブローが入っての一瞬なら良いんでしょうが、ずっとそのままではいけません。ブローでも、その瞬間にセールからパワーを抜いてやるという事もあります。
前方の海面がざわついている時、そこにブローがありますから、入る瞬間にパワーを抜く。抜けたらまた入れる。

接水面積は、船底が鋭角な方が、面積は大きくなりますから、それはブレーキにはなります。しかし、こういう形状は波当たりが実に柔らかいので、クルージングには体が疲れないというメリットもあります。バンバン波に叩かれて、何時間も過ごすという場合とは違ってきます。

一般的に、スピードを取れば乗り心地が悪くなり、乗り心地を取ればスピードが落ちる。もちろん、乗り心地というのは、船体の硬さとかによっても違いますが。ただ、最近のヨットは、沿岸クルージングなんかでも船底はフラットになり、よりキャビンが広い。

幅が広いのは、スタビリティーに寄与しますから、それは良いんでしょうが、必然的に船底はフラットになっていきます。でも、沿岸のクルージングという事を考えますと、キャビンの広さというメリットを取るようになってきました。

スピードに最も影響するのは、重量に対するセールエリアでしょうね。セール面積が大きい程、そのパワーを受けますから、でも、上りなんかですと、スタビリティーも合わせて高くないと、すぐにオーバーヒールしてしまう。

考えてみたら、ヨットデザインは難しいものです。スピードオンリーならまだ何とかなる。乗り心地オンリーならまだ何とかなる。レーサーだってキャビン無しというわけには行きませんし、クルージング艇でも、セーリングを無視するわけにも行きません。でも、通常は、どれかオンリーという事は無いわけで、それに価格の事もあります。ですから、どこかに少しづつ妥協せざるを得ない。ではどこに妥協しましょうか?それがコンセプトになる。どこに妥協して、どこを強調するか?

スピードとは言っても、スピードのみが面白いわけでもありません。所詮、速いか遅いかは相対的でもあります。その他に、例えば、いろんな事が解ってきて、自由自在に操れるという面白さもあります。ジェネカーを使って、微風でも面白さを感じる事はできる。人間の感じる面白さは多種多様ですから、できるだけ多くの処に、面白さを見いだせるのが、アマチュアヨットマンの醍醐味という事になりますね。微妙な舵操作にも面白さがあるし、タックがスムースで上手くなると、そこにも面白さを感じますし、テルテールの微妙な動きが解ると、そこにも面白さを感じる。

つまりは、面白さの源泉は解るという事と、それに対する対応がうまくなるという事になりますかね。それをどんどん増やしていく過程が実に面白い。過程ですから、頂点に立つ迄は面白くないという事ではありませんから、その気になれば、誰もがセーリングに面白さを感じるはずです。逆に、頂点に立ってしまえば、もはや面白さは無くなるかもしれません。まあ、そういう事は有り得ませんが。ですから、ず〜っと、一生をかけて遊べるのがセーリングだろうと思います。

よくぞ、こんなおもちゃを造ってくれたもんです。頭脳を刺激し、感性も刺激してくれて、それを自分のペースで、いかなるレベルであれ、自分のレベルでできるわけですから、しかも、完成が無く、プロセスを遊べて、永遠に尽きない。

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